第一章

第4話 結婚初夜は明日でしょ?

 ――聖歴417年 エドワード家邸宅にて




 私は今、凄く動揺している。 


「……え、いや、ちょっと待って……結婚式は明日よね?」


 確かにエドワード家で過ごす夜は今日が初めてだけど、結婚式は明日なんだから――


「当然、結婚初夜も明日でしょ?違うの?」


 私ことハンナ・スカーレットは明日、王国屈指の名家、エドワード公爵家の嫡子にあたるヴィルドレット・エドワード様と結婚する。

 20歳を目前にしての結婚は一般的には遅い方だけど、ずっと憧れていた結婚が現実になる事に私は心弾ませていた。


 しかも、お相手はあのヴィルドレット様。 夢みたい……


 しかし、エドワード公爵家における現時点での私の立場はあくまでも正客。


 それ故、今夜に限っては客人用の寝室に通されている訳だけど、「あとで、君の部屋へ行ってもよいだろうか?」だなんてヴィルドレット様が言って来たものだから、さぁ大変。


 落ち着かない私は一人、部屋の中を意味なく巡回する。


「どうしよう……」


 明日だと思ってたところにいきなりそんな事を言われても心の準備というものが出来ていない……まぁ仮に、予定通り明日だったとしても、それはそれで明日の夜にまた、あたふたするんだろうけど。


 ……そんな事より!

 乙女としての私を捧げる瞬間が刻一刻と迫っている『私』は大丈夫な状態なの!?


 私は慌てて頭の中で『私』を巡らせる。


 まずは心の準備――前述した通り出来ていない。ばつ!次! 

 お風呂――たった今入ったばかりだから大丈夫。まる!次! 

 下着――「!!」


 私は咄嗟に自分が着てるローブの裾を捲り上げ、自分の股の所を覗き込む。


「やっぱり白だ……」


 ――通称『白』。

 やたらと分厚い純白生地にリボンがあしらわれた下着これは、私の年齢不相応な幼い容姿を更に助長させてしまうが、その反面、肌触りが素晴らしく(暖かくてお腹が冷えないの)『白』『黒』『桃』の中で一番多くの時間を私と共に過ごす、いわば相棒のような存在。

 そんな『白』はもはやもう、身体わたしの一部と言ってしまっていい。 ※『白』は高稼働につき3枚体制だ。


 でも、今の私に必要なのは『これ』じゃない! 

 そう。 遂に来たのよ! この時が――『黒』の出番が!


 ――通称『黒』。

 オトナな印象を与える黒色の下着それは薄手のレース生地でちょっぴりキ・ケ・ンなデザイン。

 しかし、『黒』は私の幼さをカバー出来る反面お腹が冷えてしまう事が難点。

 故に『黒』は試しに一度だけ、一瞬だけ身につけて以来箪笥に仕舞いっ放しだった。


 いつか訪れるかもしれないその時の為の『黒』だったというのに……その時を明日の夜に照準を合わせていた私の股間にはもちろん『黒』はいない。 いるのはいつもの『あいぼう』。


 ――ダメ! ただでさえ幼い顔立ちの私は、これ以上幼く見られる訳にはいかない!


 かといって『黒』は今手元にいない。私の身の回りの荷物は全てエドワード家の侍女に預けてある。

 

「早く下着を替えなきゃ!」

 

 侍女を呼ぼうと私が扉に向かおうとしたその時、コンコンと扉をノックする音がした。


「入ってもよいだろうか」


 扉越しにヴィルドレット様の声が聞こえると、私はその瞬間『黒』の事を諦め、いつもの『白』に全てを託す事にした。


 この期に及んで夫となる人の前で装う事もないだろう。ありのままの私を曝け出してこそ、夫婦の契りを交わすというもの。(まだ夫婦じゃなけど……)

 ならば、『白』を身につけた私こそがありのままの私――むしろ好都合だ。


 大丈夫。ヴィルドレット様なら『白』ごと私を愛してくれるはずだ。 たぶん……


 不安要素を無理矢理潰し、「大丈夫」と心の中で何度も自分に言い聞かす。

 目を瞑り、一呼吸挟むと多少なりの胸の高鳴りは治った。


 ゆっくり目を開けた私は「よし」と小さく呟き、そして扉を開く――


「はい……」


 

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