12月1日木曜日
私は
***
何これ…すごい緑色のものがそこら中に落ちてる。嫌だなぁ
病院の帰り道、目が悪くなりよく見えないが確かに緑色の物体が落ちてる。なぜお母さんは反応しないんだろう?
「お母さん、前から気になってたけどこの道に落ちてる緑色のもの何?」
「あおちゃん、これは栗だよ。まだ棘がついてるけど、旬が終わったから木から落ちてきたのね。」
「近くに栗の木を植えてる所なんてあったっけ?」
「ちょうど5丁目の藤原さん家だっけ。栗農家さんなのよ。もう本業じゃ無いけどね。」
ふーん、栗農家か。
「痛っ!栗踏んだんだけど!!痛ーい!何これ!」
「栗も外敵から守るのに必死なのよ。」
私も目が見えなくなったら、トゲのように私を守る何かが必要なのかな。
***
「あおちゃん、今日さこの前言った藤原さんの所で栗拾いしない?許可はもらったから。」
「え〜葵だけ良いなぁ。私も行きたい!!!」
いつもは大学が忙しそうな姉も今日はお休みだったのか。
「なら3人で行こう!女だけのプチ旅行!!」
「やったー!栗拾い初めてなんだよね〜。」
私も初めて。多分、最初で最後。
***
家からざるとトングを持参して藤原さん家の敷地にお邪魔した。
肘当てや膝当てを用意して、いざ栗拾い。だけど、よく見えない。落ち葉なのか栗なのか。
「あおちゃん見て〜!この栗、真っ黒だよ!」
「もう栗を割ったの早すぎない?」
姉がすかさずツッコミを入れる。
「黒い栗も食べられるよ。」
私はよく見えない栗拾いに疲れて、冷たく返事をしてしまった。
「あおちゃん、どうしたの?」
「ちょっと休むね。」
私はそう言って敷地を出たところのベンチで休むことにした。
***
「どうしたんだい」
振り返ると藤原さん家のおばさんがいた。
「あの、今回は栗拾いありがとうございます。良い機会でした。」
「本当にそれだけを伝えたいのかい?」
優しく聞いてくれた。本当に機会をくださったことには感謝している。でも、私には楽しくない。見えないと栗の位置も正確に分からないのに。
「お嬢さん、目が悪いんだってね。」
「はい、両目ともあまり良くはありません。」
「実は私の妹もね、目を失明したんだよ。老衰でな。」
「そうなんですか?!」
近くで初めて同じような人に会えた。
「そうだ。だからお嬢さんの気持ちはよくわかる。妹も同じ悩みを抱えていたからな。何度も手術をして、目が覚めると目は見えなくなっていた。」
私は下唇を噛み、涙を堪える。今まで家族にはそのような話題は出せなかった。私以上に家族が悲しむからだ。
「妹さんはどうやって、その…見えない辛さを乗り越えたのですか?」
「乗り越えてなんかいないさ。」
「えっ?」
「見えなくなると全てを失うと思い込むだろう。でもその時を過ぎれば見えない時間が普通になり、悩む時間も減っていく。」
やっぱり時間が解決するっていうパターンだよね。でもその解決するのを待っている間が1番辛い。
「じゃあ普通になるのが早くなるよう祈るしか無いですね、へへッ、」
愛想笑いが辛い。今にも泣きそうだ。
「なぜ早めるのだ?」
「だって、苦しい時間は長ければ長いほど負の感情が多くなるでしょう。」
「でもこんなに足掻き、苦しみ、葛藤できるのは人間だけだ。人間だけこの思考に全てを支配される時間を過ごせるのだ。とても理性的で人間的であると思わないか?」
「妹は苦しみを紛らわせるためにラジオや音楽や朗読劇をよく聞いていたがどれも気休めにもならん。普通と違うことを感じるからな。」
「なおさら、早く過ぎた方が良いと思うんですけど…」
「うん。青いね。まさしく。歳をとるとな、悩むのも疲れるんだ。苦しみを感じる力さえ衰えるんだ。お嬢さんにはこれから1番理性的になる時間をどうか悲観視しないで欲しい。苦しみもまた新たな発見を生むからな。」
私は気づいたら泣いていた。苦しむこと、それは無い方が人生を良くするものだと思っていた。でもおばさんと話してると思う。苦しい思いをした時間があるほど人間として慈悲深くなれると。人生に厚みが増すんだろうと。
「ありがとうございます。なんだか励まされました。」
「青く葛藤している今を忘れずにな。葵ちゃん。」
***
その後は栗拾いを終えたお母さんと姉と合流しただ無言でいつもの帰り道を帰った。時間が長く感じたが、それと同時に感傷に浸るに相応しい時間だった。
***
写真をノートに貼り付けたいところだが撮り忘れてしまった。なので栗の絵でも描いてみた。それが正しいのか確認する術は無いんだけどね。
色ペンで日付と天気、場所を書いてひとこと感想。
「藤原のおばさんはどのような人生を歩んだんだろう。あの人間としての厚みはすごく圧倒される。私も葛藤を通して成長したい。そう思うのは酷なのか、否か。」
そっとノートを閉じる。
***
もう12月だ。今月には目が見えなくなる。何も実感が湧かない。
目が覚めるごとに視力は落ち、視界は狭まる。この恐怖には慣れるのかな。慣れる方が良く無いな。この思いを忘れずにいよう。心だけは何があっても衰えることはないのだから。
***
寒さに凍え、布団を被る。この感覚はより冬を体感させる。
視覚がある中での最後の季節が冬なのか。幸か不幸か、幸であって欲しいと願うばかり。涙を浮かべ眠りにつく。
つづく
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