30日のアルバム

猫の達人

序章

「残念ながら…失明するまであと3ヶ月、というところでしょうか。」


医師から伝えられた、私の目の行先。


この日を境に、私は日常を愛おしく感じた。


***


私は里中葵さとなかあおい。14歳の中学2年生。


今日は11月25日金曜日。心地よい風の匂いと共に、今までお世話になった学校の通学路を歩いている。今日は転校手続きをしに行った。もう、この通学路を歩くことは無い。


私の目の現状は右目・左目ともに視界が狭くなり、視力がどんどん落ちている。左目に関しては色覚異常と言って『正常とされる他の大勢の人とは色が異なって見えてしまう・感じてしまう状態』になっている。


事の発端は、まだ夏の暑さが残る9月25日、日曜日のことだった。


「今日は、中学3年生の先輩方が卒業されてからの初めての試合。何がなんでも絶対勝つよ!」


「はい!!よろしくお願いします!」


私は中学1年生の時にもともと習い事でやってたバスケ部に入った。172cmという高身長を武器に入部当初からスタメン入り。学年リーダー、副部長を経て、今年の6月より念願の部長となった。


自分の高校は特にバスケの強豪校という訳では無いが、自分が部長なら優勝したいと思うのが本心。


試合までの約4ヶ月間は練習メニューを変えて、この日の為にみんなで一丸となり頑張ってきた。


私が頑張らなきゃ…私が勝たせなきゃ…部長という重荷を背負い、青かった自分はそうやって自分を追い込んでいた。


しかし、試合が始まって5分。自分にボールが回ってきた!これで私が先制点を決めれば良いスタートを切れる!周りにパスを一切送らず、無茶なルートでドリブルをしながらゴール前まで突っ切った。よし!決めるぞ!!


ジャンプした瞬間、相手チームの選手選手が覆い被さるようにブロックしてきた。しかも自分より背が高く、マークしていた選手だった。私は周りを見ずに走っていたせいで気づいていなかった。


いつもの私だったら避けられた。しかし、一段と緊張していた自分はその選手に押されて思いっきり頭を体育館に打ちつけた。


ドンッという鈍い音と同時に脳や目が熱く、ズキズキ痛んだ。


「痛い…目が…痛いよ…」


ショックで気を失い、次に目を覚ました時はベットの上。両目には包帯を巻き、目が見えなかった。


「もうまく、はくり…?」


目が見えない私は、医師の横田先生から発せられる声を頼りに必死に話を理解しようとした。


「それは治るんですか?この子はずっと目に包帯を巻いて生活しなければならないんですか?」


声で分かる。混乱している母だ。


「だから、あれほどコンタクトスポーツは辞めてって言ったのに!!お姉ちゃんと一緒に辞めれば良かったんだわ…」


先にバスケをしていたのは姉の方で、姉は中学受験を機に辞めた。私はエスカレーター校だったので外部受験をせず、バスケを続けていた。


「お母さん、落ち着いてください。明日、目の再手術を行います。その後、詳しい話をソーシャルワーカーの方と交えて行います。」


「分かりました…先生、どうかよろしくお願いします。」


***


手術は成功したものの、視力は完全に戻らず、網膜剥離は進行する一方だった。


その後、私をブロックした相手チームの選手が両親と一緒に謝りに来た。私の意向で穏便に済まし、示談金で和解した。


病気の進行具合から見て、目が見えなくなるのは3ヶ月後の12月25日。クリスマスまでと言われた。


最初の1ヶ月は家族みんな混乱し、その後1ヶ月はソーシャルワーカーさんとその後の生活について何度も話し合った。全て落ち着いたのは私の目はあと1ヶ月、という時だった。


今までの日常がもう出来なくなる。そんな私は、この普通の毎日の光景を写真に収めることにした。


明日の11月26日土曜日から12月25日日曜日までの1日1日をアルバムにして、私の脳に刻もうと思う。


何をしよう…何を見て、何に思いを馳せよう…


明日から、私の目に何を残そう。





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