第7話 人間の証

 ベリンダに一旦Wを預け、ダグラスを医務室に送り届けた後、割り当てられた居住区へ戻る道すがら不意に後ろから呼び止められた。


 褐色の肌に明るいヘーゼルの瞳をした青年、イオンだ。

 足を止めたシモンに追い付くと、イオンは歩きながら話そうと促した。

 年の頃は三十代前半、イオンは長身で細めだが筋力はあり、近距離戦でも申し分なく戦えるセキュリティフォースの魔導兵だ。

 控えめな性格ながら面倒見がよく、シモンがセキュリティフォースに配属された時からメンターとして色々と世話を焼いてくれている。また、同じ分隊の所属でもある。


「お疲れ。大変だったな」

 返答の代わりにシモンは小さく頷きながら笑顔で返す。

「でも大金星だ。あのアンドロイドを一人で仕留めるなんて」

「運が良かった」


「アンドロイド達の残勢力がわかっただろう」

「うん」

「残り3体、うち小隊で襲撃可能そうな機体は一体」

「ホド、だったか」


 シモンがそう言うと、なぜかイオンは黙り込んでしまった。無意識だったのか、取り繕うようにイオンは慌てて口を開く。

「出来れば当たりたくない。連中がどこに潜んでいるかわからない以上、当たるのも運とはいえ」

 イオンは更に言い難そうに言葉を濁した。


 アンドロイド達は積極的に基地を襲撃して来ない。

 あくまで彼らの言うとおり「平和的に」解決したいからというのは建前で、戦況を聞いているウルテリオルの国民にアンドロイドへの悪感情を持たせないようにしたいというのが真意らしい。

 なのでアンドロイドは隠れ、常に「アダムとベリンダの攻撃性の象徴」たるロボット兵を仕向けて来る。


 ベリンダ曰く、アンドロイドには自我が無く、自発的な倫理観が無い。

 どうすれば効率的に人類を従わせられるかを計算すれば当然の結果と言えた。


 ともあれそのため、王宮に突入でもしない限りアンドロイドとの遭遇は運任せである。

 それでも今に至るまで、多大な犠牲を払いながらも7体仕留めているのだが。



「モデルは子どもの頃の俺だ」

 イオンが独り言のように呟いた。

 シモンが驚いて顔を向けると、イオンは複雑そうな表情で笑顔を作った。

「マデリンは俺の姉なんだ。まさか、俺に似せたアンドロイドを作っているなんて思わなくてさ」


「不仲だった?」

「不仲というか、最近は連絡を取ってなかった。……色々あってね」

 そう言いながら、イオンは首を横に振る。


 先ほどベリンダは、コクマーという機体を「マデリンの元夫」と言っていた。

 詳細は聞けなかったが、恐らくその離別は、あまり喜ばしい出来事では無かったのだろう。


「シモンはカウンズホールの北部の出だろう。だから俺も今まで知り合いになれなかったんだが。セキュリティフォースや軍内には、小さい頃からの知り合いが多いんだ」

 イオンはカウンズホール中心部の出だ。

 意外な事に、セキュリティフォースには大都市出身者が多い。魔導兵など技師を兼任している者が多いというのも無関係では無いだろうが、詳細はわからない。


「しかしそう言われると俺も当たり難くなるな」

 シモンは笑うが、イオンは小さく鼻で笑った。

「そんなタマじゃないだろう。あのアンドロイドに全く動じなかった癖に」

「作り物だってはっきりわかるんでね。幾ら顔を皮膚に似せたシリコンで覆っていても、魔力の流れを見れば中身が金属なのくらいすぐわかる」



「いつか――いつか、材質も人間と全く同じに作れるようになったらどうする?」

 そう言ってイオンは天を仰いだ。

 シモンは一瞬きょとんとするが、すぐに眉根を寄せながら口元を綻ばせた。


「そんな時が来るとしたら、人間が『神』になった時だろう。そして、その時は来ない」


 今度はイオンが呆気にとられた様子で、まじまじとシモンの顔を見た。が、やがて思い出したかのようにふきだす。

「元技師なのに信仰熱心なタイプ?」

「どうかな。夢が無い。いや、ある意味夢見がちなんだろ」

「他人事みたいに言うなよ」

 ツボに入ったのか、イオンは腹を抱えて笑った。


「でも頼もしいね。もし遭遇してしまって俺が怖気づいたら、その時は頼んだ」

「善処する」


 そうこうしているうちにシモンの個室へたどり着いた。地下は広く、一人一人居室が割り当てられているのは有難かった。

 イオンと別れて部屋に戻ると、シモンは早々に寝支度を始めた。

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