第5話 傲慢な機械

 冬の冷たい風が頬を掠める。散々走った後のシモンには有難い涼しさだった。

「うーん……」

 背中から小さなうめき声が聞こえる。どうやら風の冷たさにダグラスも意識を取り戻したらしい。


「どうですか?歩けますか?」

「まだ無理だろう。このまま帰る」

「い、いや大丈夫、歩けるよ」


 申し訳なさそうに言うダグラスに少し振り返り、シモンはゆっくりと彼を下した。

「うん、うん……行けそう」

 力の戻った足をトントンと軽く地面に打ち付けながらダグラスが呟く。そうして改めてシモンへ向き直った。


「有難う。ほんとに何てお礼を言っていいか……」

 一瞬笑顔を見せたダグラスだったが、今回の隊の仲間の件を思い出してか、徐々に声は沈み、俯いてしまう。そんなダグラスを見ながら、シモンはかける言葉が無かった。


 救出に向かうまでに何人かの遺体は見ていた。さすが機械と言ったところか、加減を知らない、容赦のない有様だった。

 元の世界では幾つもの戦場を見てきた。こういう事にも慣れてしまっているシモンだったが、たとえば敵対心や恐怖から引き起こされる過剰な攻撃からの惨状や、下劣な欲望からの非道ともまた違っている。


 情念というものがまるで感じられないのだ。

 ただ目の前に居る「敵」の息の根を止める。それも完膚無きまでに。

 ロボット兵は元々軍とピトス社の共同開発だったようだが、これを実戦へ投入するのは問題が多すぎるようにシモンには思われた。



 さておき、索敵範囲内のロボット兵は片付けたとはいえ危険地帯には変わりない。早く基地へ戻ろう。そう言おうとした矢先、目の前の本社の門に一体の機械が現れた。

 金髪の若い女性のように見えるが、一部露出した首や四肢などは継ぎ目があり、肌の色をしていても明らかに全体が金属で出来ている。


 アンドロイドだ。


「資料を返してください」

 落ち着いた流暢な音声だった。声質はWと同じく人間とよく似ており、悲しげな表情までもが実に人間らしく見える。


「返せば見逃す?」

 横で恐怖に目を見開いているダグラスをよそに、シモンは淡々と問いかける。

「あなた方は私達の仲間を殺しました。許す事はできません」


 だろうな。と言いたげにシモンは鼻で笑った。所詮AI、対話など望んだところで詮無い事だ。


「ロボットと人間の命は同じじゃない!!僕らは殺したんじゃない、壊したんだ!だが君らは人間を、人間の命を奪った!その違いがなぜわからない!?」


 激昂したのはダグラスだった。言い返した所で意味がない事など重々承知のはず。しかし、潜入からこれまで見てきた光景を思えば、言わずにはおられなかったのだろう。


「あなた方こそ、なぜ私達、意思のあるアンドロイドを新人類と認めないのですか。私達の存在を認め、アダムとベリンダを処刑すればこの国が暗黒時代を迎える事も無い。

 私たちは争いを望みません。この国を平和にしたいと考えているだけ。あなた方が反乱と呼ぶこの殺し合いも全て、人間が私達とその提言を受け入れない差別意識と不寛容のせいです」


 アンドロイドの反乱の動機はこれだった。

 自分達を人間として扱う事。そしてこのような危険なロボット兵を生み出した首謀者であるアダムとベリンダこそが、この国をいずれ滅ぼすという予測が出たために、早急な処刑を望んでいる事。


 資料でも見てきて既に知ってはいたが、何度聞かされようと納得できるはずもない。第一、その『危険なロボット兵』を手下としてけしかけているのは他でもない、アンドロイド達だ。


「私はネツァク。あなた方を裁くもの」


 ネツァクと名乗ったアンドロイドは、片手を緩く握り、肩の高さまで持ち上げる。腕全体が青白く発光し、尋常ではない魔力が充填されている事がわかる。

 この国、この世界の高位波動魔法を機械によって圧縮したもの。それはもはや恐るべき兵器と言っていい。放たれた瞬間、恐らく背後の本社ビルのエントランスごと吹っ飛ぶだろう。


 シモンは、怒りと恐怖がまぜこぜになって震えているダグラスを背後に下がらせた。

「ぼくなら受け止められます!でも…うえ……うえええんどうしよう」

 威勢よくシモンの前に躍り出たWだったが、その小さな機体では大の大人二人の盾になる事など出来るわけがない。

 これも『ゆらぎ』の一つか。Wは機械らしくもなく、慌てふためいて嘆いている。


「直線放射だよね?横に飛べば行ける?」

 涙声のダグラスにシモンは首を横に振る。

「いいから動くな」

 そう言ってシモンは目の前を飛び回っていたWを捕まえて抱えた。



「罪を償って下さい。さようなら」



 ネツァクの声と共に、膨大な魔力エネルギーが放出される。

 刹那、シモンが前方へ手を翳すとガラス状の障壁が現れ、エネルギーの奔流を跳ね返した。


「!?」


 そのまま返されたネツァクは驚いた様子で声を上げた。が、その声も、金属の機体も、全て魔力に押し潰されて溶け、砕け散った。




 ネツァクだった物体は千々に砕け、門の外にある芝生の上に落ちた。まだ残る高温の魔力エネルギーが草を焦がし、やがてそれも消えていく。

 シモンは歩み寄って金属の欠片を見つめ、身を屈めて一つを拾い上げた。

 機械は機械、金属は金属だ。精々魔力循環用のオイルが入っている程度で、それすら人の血液や体液の代わりになりはしない。

 そんな『物体』を新人類、生命と見なせ、そして預言者として意見を聞けとは随分と傲慢な話だ。


「今の……」

 のろのろとした足取りでダグラスが歩み寄る。

「シールドを応用した反射魔法だ。この世界だとシールド魔法がまだ実験段階なんだってな」

 ダグラスは無言で頷く。

 シールドはさておき、反射は次元移動と同じカテゴリにある空間を制御する魔導式だ。学者のダグラスにはその関連も容易に想像できただろう。

「ベリンダも感づいているが、今のところ内緒で頼む」

「……」

 ダグラスは大きなため息をついて地面にへたり込んだ。


「じゃあ。アンドロイドの厄介な兵器もこれからは」

「どうかな。連中に搭載されているものによるだろうし、早く基地へ戻って奴らのスペックを調べたい」

 シモンは金属の欠片を芝生へ戻し、ダグラスの肩を二三度軽く叩いて促した。

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