第2話 ウルテリオルの生活

 ウルテリオル連合王国。

 いくつかの小国が集まって出来たこの北方の島国は、魔導科学、文化ともに発達し、世界一と言える軍事力を有している。

 並行宇宙である証左の如く、この世界やこの国の歴史、文化基礎はシモンが元居た世界と酷似していた。

 この国は丁度、シモンの故国の隣国によく似ている。文化の程度、技術の程度は、元居た世界や故国と比べて二~三百年ほど進んでいる。

 歴史ある古い国らしく、民主主義が当たり前となったこの世界においても国王が存在し、政治体制は立憲君主制との事だった。現在の国王はアダムの父、ハロルドで、在位も長い。

 島国とはいえ連邦の加盟国は西大陸の大半を占め、世界に対する影響力は大きい。

 当然ながらアンドロイドの反乱も広く知られ、ウルテリオルは鎮圧に必死になっている現状だ。


 あれから即ベリンダの別宅へ移り、缶詰状態で基礎学習が始まった。相似点が多い事もあって学習は予定より早く終わり、シモンにはこの都市、カウンズホール出身の一般市民という設定と共に身分証が渡された。

 カウンズホールは首都トリオン近郊の都市で、一時的に首都機能が移されている。土地が広く、ビルの立ち並ぶ都市部から離れると後はのどかな田園が広がっており、万一同郷者と出会っても嘘がばれ難いだろうと判断されての事だった。


 そうして付け焼刃ながら挑んだ入社適性試験、採用試験の結果は、合格だった。


 結果のメールに胸を撫で下ろしているとベリンダから連絡が入り、シモンは慣れた手つきで端末を操作する。メールに通話、想像の範疇だった技術はまだしも、それらがこの腕時計状の端末一つで行えるのには驚いた。しかし慣れとは恐ろしいもので、一月経った今となってはその驚きも日常生活の一部に変わっていた。


「合格!だろ。先ずは第一段階クリアおめでとー」

 空中に投影された画面の向こうのベリンダはシモン本人より浮かれている様子だった。

「どうも」

「おーすごいねSランク。身体能力解析した時からバケモンだとは思ってたけど」

「解析?」

 シモンは眉根を寄せる。

「そ、お前を拘留した部屋あっただろ。あそこに検査装置がついてんのよ。身長、体重、筋量、脳波、その他諸々かなり正確に測定できる」


 得意げなベリンダをまじまじと見つめながら、シモンは複雑そうに眉を歪める。

 突然現れた自分にいきなり企業の私兵になれとは随分大胆だと思っていた。能力を知られていたのならさもありなん。今更合点が行った事と、勝手に調べられていた事とでシモンは何とも言えない気分だった。


「心身ともに健康、実戦経験豊富と思しき筋量、バランスのいい体躯と頭脳。ついでに眉目秀麗。あとは性格と知識だけかなって。明日また詳しい事は説明すっから。それにしても――」

 満足気に呟いて、ベリンダはシモンと部屋とを品評するように視線を一周させる。


「お前馴染むの早いねえ」

「あれこれ悩んでいられないんでね」

「言葉遣いも」

「そういう接し方をされれば嫌でも素になる」

 シモンは呆れたような表情で明後日の方向に目を向けた。

 一応は商売人だ。当たり障りのない会話の仕方や品のある言葉遣いも知っている。が、ベリンダがこうも一足飛びに距離をつめてくるのでその気もそがれた。


「まー後は髪型だな。それとそのひげ」

「ひげ?」

「整えて伸ばすか剃るかどっちかにしろ。人手不足っつってもピトス・メカニカはそうそう簡単に合格しない上にお堅い会社なのよ。セキュリティフォースだって相応の身なりと礼節が求められる。礼節はいいとして、見た目は整えねえと」


 言われながら、シモンは渡された資料の中にあったファッション誌や、学習のためにと見ていたTV番組を思い返した。セレブと同じとまではいかないにしても、それ並みに整える努力は必要だろう。となると確かにこの前髪はやや鬱陶しく、無精ひげもお世辞にも品があるとは言えない。

 と同時にふと、先日そのファッション誌で見かけた記事を思い出した。


「あんたとアダムさん、夫婦だったんだな」

 言った瞬間、ベリンダが目を丸くした。

「ファッション誌で見たよ」

「んなもん渡したっけ?……アダムか」

 ぼやきながらベリンダは不服そうに眼を閉じる。


「初対面の時それらしくなかったと思って」

「一応お互い仕事なんだから当たり前だろ」

 当然と言われればそうなのだが、ベリンダの様子はどうにもそれだけでは無さそうな雰囲気があった。が、これ以上立ち入った事を聞くのも憚られた。


「とにかく明日の午前中に美容院予約しとくから行って。夕方俺そっち行ってチェックすっから」

 シモンはリアクションしなかった。それを察してか、通信を切ろうとしていたベリンダが顔を上げる。

「他になんかある?」

「『それにしても』は俺もあってね」

「何だよ」

「幾ら身体能力がわかったからといって、よく見ず知らずの俺にそんな役目任せようと思ったな」

 今度はベリンダが無言で、言葉の続きを待っているようだった。一拍の沈黙の後、シモンが再び口を開く。

「逃亡するかもしれないのに」

「逃亡すんの?」

「いや」

 ベリンダは長いため息をついて片手で額を支える。


「その身体能力が無かったら口止めした上である程度の保障をして野放しにしてた。一応ここに呼び出しちまった責任もあるからな。危害を加えるつもりはねーし、拘束するつもりもなかった。簡単に言や渡りに船だっただけだ。

 で、信用していたかってーと、してねえ。だからその家には監視カメラがある。ただ暫くお前の様子を見てたけど、特に妙な動きも無かったから、今はある程度信用はしている」

 言われてシモンは視線だけを上に向ける。生活を監視されていたというのも気味が悪いが、監視下に置かれるのは承知の上だった。それより、同意も無いうちに勝手に能力を測られていた事の方が嫌なくらいだった。


「てかお前こそさ、随分鷹揚だよね」

 ベリンダの視線が一瞬鋭くなる。

「まるで何時でも元の世界に帰れるみてえ」


 嘘をつくのは得意な方だが、態度まで気が回らなかった。内心の動揺は表に出さず、シモンは表情を変える事なく沈黙で答えた。


「……まーいーけどね。お前が次元移動の魔導式を知っていようがいまいが、今はそれよりピトス社の問題とアンドロイドの反乱の方が大問題なんで。協力してくれると助かる」

 毒気をそがれたようにベリンダが肩をすくめる。

 ベリンダの言葉に偽りは無さそうだった。いつか知られて厄介な事になったとしても、最悪、元の世界へ逃げればいいだけだ。シモンもまた、張り詰めていた気持ちが漸く緩んで椅子の背に肩をもたせた。

 強いて言えば今回の事故を引き起こした実験の詳細が気になるが、今は深く考えても仕方が無さそうだった。

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