HERMAON -人類の境界-

萩オス

生命と機械 -Life And Machine-

第1話 招かれざる客

「君は招かれざる客だ。だが残念ながら、送還する術がない」


 そう口にする目の前の初老の男を、シモンはぼんやり見つめた。

 男の髪は銀髪だが、所々金髪も混じっている。シモンのような地毛ではなく、恐らく加齢によるものだろう。紳士然とした男は事務的で厳しくも思える態度だが、形式的なものであろう事は青い柔和な瞳からも見て取れる。


 昨日の事だった。

 日も傾き人々が家路につく中、シモンはいつものように経営するコーヒー店を閉めた。小国の辺境で開いた小さな店での何気ない日常を破ったのは、誰かが開いた亜空間のゲートだった。

 突然の事に抗う事も出来ずにゲートへ飲み込まれた。そして、送られた先がここだった。

 移動魔法の衝撃で壊れたと思しき巨大な機械が目の前に転がり、大騒ぎしている人々の服装からして、どうやら別次元の世界に飛ばされたであろう事はすぐにわかった。

 次元移動の魔法なら自分も使える。さっさと元居た世界へ帰ろうとした矢先、兵士と思しき身なりの者達から拘束されてしまった。

 鋼鉄とも違う謎の材質で覆われた無機質な部屋に拘留され、夜が明けてすぐまた別室へと連行された。それが今、この男と対面している部屋である。

 拘留の際に服装類も一切取り上げられ、この世界の服と思しき貧相な上下揃いの服を着せられている。幸い眼鏡は返されたが、伊達眼鏡なのであってもなくても生活に支障はない。


 送還する術がない。

 この事は昨日からしきりに人々が口にしていた。

 確かに次元移動の魔法はかなり高度だが、どうやらこの世界では全く未知の魔法とされているらしい。異様に発達した機械技術とは裏腹にだ。黙って帰ってしまうのも良いが、シモンはこの世界に興味を覚えていた。


 コーヒー店兼雑貨屋とは表向きの顔で、シモンの本職は武器職人だ。


 戦の絶えない世界だったため、研究の傍ら機械兵器を製作しては実験と称して売りさばき、自らも戦地へ赴いていた。

 幸いな事に言葉も通じる。魔法技術はどうやら劣っているが、本分である機械技術がこれほどに発達した世界はシモンにとって魅力的だった。


「次元移動は実験段階の事で、今回君を迎えてしまったのもその事故によるものだ。そして今回の実験については軍の機密となっている。つまり、君を野放しにも出来ない」

 目の前の男は深刻そうな表情で続ける

「そこで我々としては君をここへ拘束するしかないと考えたのだが、条件付きで解放される事となった」

「条件?」

 訝しげに問うと、男もまた眉間にしわを寄せて目をそらした。

「今、この国は機械人形――アンドロイドによる反乱に見舞われている。

機械達は首都以外の世界を知らないため、我々は首都を封鎖し、兵を投入して機械の討伐を行っている最中だ。その前線に行って貰いたい」


 機械が自立して反乱を起こす。この時点でシモンの想像を超えていたが、彼の言う条件はほぼていのいい厄介者の始末のようにしか思えなかった。

「というのは表向きの条件だ。君を始末するためにあるものじゃない」

 やや表情を和らげながら、男は顔を上げる。

「裏の条件、もとい本来の条件は軍の監視下に置かれる事だ。紹介しよう」


 男が立ち上がり、後方の扉の方を見やると同時に扉が開いた。現れたのは上背のある体格の良い男と、男のような装いをした大柄な女だった。どちらも年の頃は自分と同じ四十あたりと言ったところか。

 自分と同じ銀髪のせいもあってか、男の方は少し年上に見えた。黄金色の瞳は猛禽を思わせる鋭さだが、どこか憂いを湛えた表情は優し気で、端正な顔立ちをしている。

 対する女は短い黒髪を全て後ろに流しており、睫毛に縁どられたルビー色の瞳と相まって、蠱惑的な美しさが類を見ないほど際立っている。


「こちらがアダム殿下。この国の皇太子にして軍の長官だ。そしてこちらは私の部下でもあるベリンダ。魔導工学者で、今回の実験を指揮していた」

「アダムだ。よろしく」

 アダムに手を伸べられ、シモンは立ち上がってその手を握り返した。挨拶もこの方式で良いらしい。

「シモンです。シモン・ド・ロタリンギア」

「ベリンダ・B・P・アデン。ベリンダでいい」

 名乗りつつ、ベリンダとも同様に握手する。

「そうそう、遅くなってしまったが私はスチュアート・マナーズ。今回の実験の責任者で、アンドロイド討伐作戦の司令官も兼務している」

 初老の男はそう名乗り、漸く顔を綻ばせた。


「君にはピトス・メカニカ社に潜入して貰いたい」

 スチュアートはそう言いながらシモンへ向き直った。

「潜入?前線へ行くのでは?」

「前線へは軍とともに、ピトス社のセキュリティフォースも投入されている。機械の反乱はピトス社が引き起こした事件だったのでね。それがどうも不可解なんだ」

「と、言うと」

「事の発端は、アンドロイド開発責任者が機械三原則というドグマをアンドロイドへ入力し忘れるというミスから起こった。しかし、ただ一人のミスにしては穴が大きすぎる。通常、こういった事は何重にもチェックされる筈なのだが」


「まーピトス社が何かまだ隠してんじゃねえかってのがこっちの見解だ」

 荒っぽい口調で言葉をついだのはベリンダだった。それこそ人形のように整った見目からは想像し難い言葉遣いである。一瞬ぎょっとするが、シモンは平静を装う。

「しかし何故私に?」

「お前戦闘経験があるよな」

「ええ。まあ」

「それでよ。軍の息のかかった人間じゃピトス社にも警戒される。ところが別世界から来て経歴を洗いようもないお前なら、ピトス社もまだ不信感を抱かねえだろう。それにセキュリティフォースは常時募集かけてるからな」

 納得しながらもシモンは考え込む。まずこの世界を知る事が先だ。でなければ調べるも何もない。


「君の安全のために出来る限りのサポートはする。突然召喚されてしまった上にこんな事を頼んですまないのだが」

 アダムは苦々しく笑う。

「現状、俺が実験失敗の責任を取って一旦お前の身柄を引き取る事になっている。暫くはうちの別邸でこの世界の事を勉強して貰うから」

 それなら有難い。まだ突然の事態に混乱はしているが、少し気を休める事は出来そうだ。シモンは漸く安堵のため息をついた。

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