側付き騎士の薔薇は何色か

@gulu

王子と側付きの騎士

「……参った」

「ありがとうございました」


 私は剣をしまい、倒れた仲間の騎士に手を差し出す。

 しかし彼は私の手が不浄であるかのように避け、自力で立ち上がった。


 私はサキュバスでありながらも男である異端の存在だ、こういった扱いにも、もう慣れてしまった。


「おぉ、流石は我が騎士よ。 並みの騎士では相手にならぬ強さ、見事だ!」


 遠くから拍手の音が聞こえたので、皆がそちらを向いて頭を下げる。

 輝ける君と呼ばれしブリリアント王子である。


 そして王子の後ろからやってきた騎士団長がやってきた。


「両者、よく戦った。 負けた方は敗因を考え、騎士ライラも勝っからといって慢心せず訓練に励むように」

「……お言葉ですが騎士団長、騎士ライラはサキュバスの力を使いました 騎士として如何なものでしょうか」


 先ほどの試合が不服だったのか、見学していた騎士の一人が意見する。


「お前は戦で敵の槍が卑怯だと、弓が卑怯だと言うのか?」


 その言葉で意見した騎士が押し黙ってしまう。


「―――とはいえ、これは訓練だ。 騎士ライラ、その力に頼っては訓練にならないことを覚えておくように」

「ハッ……これからも鍛錬を積んでまいります」


 サキュバスは男を一方的に搾取する種族。

 その理由の一つが、男を強制的に脱力させる力である。

 私は不完全なサキュバスだから完璧に力を使うこなすことはできないが、それでも追い詰められた時に使えば一気に形成が逆転するくらいには強い力であった。


「おいおい騎士団長、戦場では訓練の成果を如何に発揮できるかが大事だろう。 ならば、こういう訓練の時にこそ、咄嗟に使って備えるべきであろう」

「その通りでございます王子」


 騎士団長はやらやれといった顔をしながらも、満足そうな王子の顔を見て頭を下げた。


「ハッハッハッ、そうだろうとも。 では我が騎士よ、勝利の祝杯をあげに行くとしようではないか」

「いけません、王子。 こんな時間から酒を飲むなど、あなた様の騎士としての務めを果たせません」

「何を言うか、私が飲む酒をお前が毒味せずに誰が飲むというのか。 さぁさぁ、今日は南方からよいものが届いたのだ」


 そう言って私は嫉妬の視線を背中に受けながら、王子に私室まで引っ張られてしまった。


 それから数時間、王子は何本もの酒瓶開けながら色々な昔話をした。

 私は王子に拾われて既に十年もの歳月が経過している。

 十年間、私は常に王子と共に在る。

 それはつまり、王よりも王子のお側にいるということでもある。


 性反転病によって種として不完全である私に、王子は本当によくしてくださった。

 共に食べ、共に眠り、そして共に笑う日々のなんと幸福なことか。


「王子、そろそろお身体に障ります。 今日はここまでと致しましょう」


 酔いに酔った王子を支えてベッドまで運ぶ。


「あぁ、待て待て、お前に渡すものがある、騎士よ」


 そう言って王子はフラつく足取りながらも、棚から一つの小瓶を取り出して私に渡した。


「それはぁ、あれだぁ……お前の病気を治す薬だ」

「私の病気……ですか?」


 特に悪い箇所などなかったはずだと考えていたが、一つだけ心当たりがあった。

 性反転病である。

 つまり、この薬を飲めば私は男ではなくなり、完璧なサキュバスへと成れるということだ。


「……おい、どうしたぁ? 嬉しくないのかぁ?」

「あ……いえ、その、あまりにも突然のことでしたので……」

「へんなやつだなぁおまえはぁ………」


 そして王子は眠ってしまわれたので、私は逃げるように薬を持って自室に篭ってしまった。


 今、私の中でぐちゃぐちゃになった感情が駆け巡っていた。


 この薬を渡された時、私は確かに嬉しかった。

 だがその喜びがどこから来たのかを考えた瞬間、恐ろしくなったのだ。


 薬を渡された瞬間に私の中のサキュバスが少しだけ目覚めてしまった。

 そして分からなくてなってしまったのだ。

 私は王子への忠義と恩か、それともサキュバスとしての本能によって王子のお側にはべっているのかが。


 私は王子に大きな恩がある。

 だから王子に求められたのであれば、喜んで夜にその扉を叩くだろう。

 もしも私が最初から普通の男として生まれ、王子の側付き騎士であったのであれば、それは何の問題もなかった。


 しかし、私はサキュバスである。

 今までの献身や王子への思いが、サキュバスの本能によるものであれば、その全てが偽りであると思い至ってしまったのであった。


 分からない、何も分からない。

 私は王子に身を捧げる覚悟がある。

 しかしそれは騎士としてなのか、それともサキュバスだからなのかが分からない。

 誰にも……私自身ですらそれを証明できない。


 そして薬を飲んだ後、私が私のままでいられるかも分からない。

 卑しい雌の顔をして王子に近づくのか、それとも今までと変わることなく接することができるのか。


 例え今まで通りできたとしてもその感情が王子への親愛なのか、それともサキュバスの性欲によるものかも分からない。

 分からない、何もかもが分からない。


 分からないといえば王子もそうだ。

 王子はどうして私にこの薬をお渡しになられたのだ。

 今まで通りでは駄目なのか、私には騎士であるよりもサキュバスであることの方が相応しいというのだろうか。


 ……いや、王子がそう求められたのであれば嫌とは言うまい。

 私には王子に報いねばならない理由があるのだから。


 ただ、それでも考えてしまう。

 王子は本当に"私"をお求めになっているのだろうかと。


 "私"ではなくサキュバスを欲していたから、この薬を渡されたのであはないかと。

 それはつまり、サキュバスであれば誰でも良いということであり"私"は必要ないということだ。 


 嫌だ、それは嫌だ。

 私は今までずっと王子のことを想っていた。

 その恩義に報いる為、その幸福を願う為に。


 けど"私"を捨てられるというのであれば、その全てが無意味だったということになる。

 嫌だ、それは絶対に嫌だ。


 だから私は王子に聞く為に、月明かりのない夜の中、薬を持って王子の寝室の扉を叩く。


 嗚呼、王子よ、我が半身よ、私を愛してくれとは言いません。

 ですが貴方が欲しているのは男の私でしょうか、それとも女に戻った私でしょうっか。

 騎士としての私なのか、それともサキュバスの私でなのか、どうか嘘偽りなく答えてほしい。


 それでもどうか願わくば、どうか貴方だけは"私"を否定しないように―――。

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