穴
モンタロー
5
ライトアップされた汽車道を、さっき靴擦れを起こした君に合わせてゆっくり歩く。
歩くリズムでお揃いのピアスが揺れる。
君と僕のふた周りも大きさの違う手。ぎこちない恋人繋ぎはちぐはぐで隙間だらけ。このままだとそこから幸せが零れ出てしまう様な気がして。白くて、細くて、柔らかい手をぎゅっと握り直した。
「何処にも行かないよ」
マフラーに顔を埋めて白い息を吐いた君はそう言って微笑んだ。
顔が緩むのがわかったので、無言のまま、右手を握ったままの左手を、カイロを入れたコートのポケットに誘拐して誤魔化した。
コスモワールドの大観覧車の時計はこの角度からはよく見えなかった。それすらも僕たちに時間を気にさせないための粋な計らいに思えた。
桜木町のホームでお互いの最寄りに向かう電車をそれぞれ一本ずつ見送った。
次に来た電車に乗り込む君は突然振り返って僕にキスをした。驚かされた腹いせに、君が逃げ込んだ電車が見えなくなるまで手を振った。
ワーポでひとりレイトショーを嗜んだ後の帰路。
「はぁ」
話題の監督の最新作は期待を大きく下回っていて、白い溜息を吐きながら汽車道を歩く。
すれ違う人々の多くは、あの頃の僕らと同じように手を繋いだ恋人達。
移ろうのは季節だけではなかった。
時というのは無常で無情だった。
今思えば、君が好きだったのは『僕』であって僕ではなかったのだと思う。
僕はと言えば、恋は盲目とはよく言ったもので、初めは君に対しての多少の不満は、あの笑顔を見れば解消されると思っていた。
それでも、自覚なく小さな歪みは着実に心に積み重なっていた様で。
日を追う事に、僕の好きが違和感を覆い隠すことが難しくなって、いつしか君に合わせる余裕もなくなって不信感が募っていった。
僕と君の大きさの違う手は、結局どれだけ僕がひとり足掻いたとて、決して噛み合うことなく、当初の不安の通り雨漏りした。
申し訳ないけれど、現時点でまだ、幸せになってねなんて微塵も思えない。
汽車道を通るだけで思い出す自分に嫌気がさし、手持ち無沙汰な左手をカイロの入ったコートのポケットに突っ込んで早歩きで帰った。
閉じかけていても、ピアスホールの存在感は健在だった。
穴 モンタロー @montarou7
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