Ⅸ 超越域または神域
垂直に落下してきたミリフィアの体は大地に激突する──前回の二の舞かと思われたが、手には剣はなく、彼女は両腕を突き出して着地しながら勢いを殺し、地面を転がるようにコロコロと前転をする。
丸まったミリフィアの体はすぐに真っ直ぐに伸び、魔力壁をつくってそれを蹴って体を捻ると、地を這うようにガンゾーイの足元を狙って一直線に飛んでくる。その瞬間に現れ出たミリフィアの剣がガンゾーイの足を掬うかと思われた。
が、これも間一髪のところで、ガンゾーイの両脚は飛び跳ねて、躱した。
そのまま彼は、自身の魔力壁を踏み台に上空にジャンプするも、次なるミリフィアの攻撃を感知し振り返る。
アトマ──。上空からガンゾーイは私を見つけ、見上げている私と目が合った。ガンゾーイはそのときすでに警戒して4度目の超越域に入っていた。彼の目には、まわりの風景が赤く染まり、すべての事象がスローモーションのようにゆっくり動く。魔力を目に集めた影響もあって、はたから見るとガンゾーイの瞳はかすかに輝いて見える。
俺は何と戦っているのだ──。ガンゾーイにはミリフィアの動きが、人間のものとは思えない。恐ろしく速くてまるで四足歩行の何かだ。そのうえ息もつかせぬ彼女の一連の攻撃に、ついていけてなかった。完全に油断していた、と気づいたときには遅かった。それゆえに超越域または神域と呼ばれる領域に入らざるを得なかった。
ミリフィアの体が、自分を追いかけて下方から飛んでくる。カウンターとばかりにガンゾーイは転がり落ちて高速で前転し、迎え打つ。そのすれ違いざま、彼の剣はミリフィアの背中を叩いた。
勢いに乗っていたミリフィアには、まさか逃げずに一瞬にして反転してくるとは予想できず、避けられなかった。
背中に衝撃が走る。それで全身の力が抜ける。空中をなだらかな弧を描くように落下してバウンドし、地面に突っ伏した。
丸まり高速回転していたガンゾーイの体は脚が伸びて着地する。と、彼は上半身ごと、振り返る。
「やっちまったー」
ガンゾーイは私を見てそう声を上げると、ドサドサと足音を鳴らし、ミリフィアの元に走っていこうとする。──ので、私は腕を広げて彼の前に出て止めた。
「魔獣狩りに戻って。あとはやっておく」
私がそう言うと、ガンゾーイは立ち止まって、私の体越しに覗き込むように、うつ伏せのミリフィアを見て、心配する。そんな彼に私は、
「──神域、いや、超越域、というのかな。入ったでしょ。ガンゾーイの負けだ」
「う……ぐ……」
ガンゾーイは何とも言えない声を出す。一流の戦士、騎士としては、模擬戦で下位の者に超越域を使うなんて、卑怯すぎる行為だ。チートだ。
それ以上に彼は、とっさに小娘に負けたくないと思った自身のプライドに、羞恥心を覚える。それが赤裸々な彼の本音、本心だったからだ。
できればなかったことにしたい。私がそんなことすることはないと思ってはいるが、ガンゾーイは、自分が何をしたのか、言いふらされたくなかった。
だから、私のいうことに従う。話を変え、ごまかす。
「気を失っているが、大丈夫だよ。回復をかけておく。もう行って」
「──ああ、わかった。ところで、聞きたいことがあった。あ……あれだ、大量の魔獣をいっぺんに売っても、王都では怪しまれないのか?」
「王都は、城壁があるけど、かなりの大きさだよ。広い。人口も多い。賑わっている。一か所のギルドで売ると目立つけど、買い取ってくれるところはギルド以外にも数多くある。まったく心配する必要はない」
私がそう答えるとガンゾーイはそそくさと手を挙げ、助走のため走り出して、高くジャンプし、滑空するかのように飛んでいく。それはゆるりと。明らかに魔力の使いすぎのせいだった。しかしいまは体調より驚きのほうが先立つ。
「……いやあ……まいった。何が起こったのか……信じられん……」
ガンゾーイは思わずそれを口にし、ミリフィアの持っていた剣を思い出す。──そうか、あれは王妃の剣だ……。十数年前、城を囲うように魔獣の森が繁茂したときスタンピードが起きて魔獣たちが押し寄せてきた。それをたった一人で殲滅したのが、王妃アストレアであり、ミリフィアの母だった。
当時、ガンゾーイは遅れて森に入り、森の中を縦横無尽に駆け巡る影に驚いた。理性を失いバーサーカー化したそれは味方にも恐怖を与えていた。が、次々と魔獣のみを正確に仕留めていく。とらえきれない禍々しい剣が体をかすめたとき、若いガンゾーイは死すら覚悟し、思わずひざまずいていた。
私は、ガンゾーイの背を見送ると、伏しているミリフィアのそばに立ち、
「意識はあるんだろ。ま、正確には、気は失っていなかった。──でも、大丈夫かい?」
それは精神的な意味でだ。ミリフィア自身は、まったく歯が立たなかった、ガンゾーイにはかなわなかった、と受け止めている。
「超越域って、なんですか。なんで、ガンゾーイの負けなんですか」
ミリフィアは顔を伏せたまま動かず、静かに聞く。
「聞こえてた? 耳ざといね」
──あ、感知か。興奮状態がつづいてて、聴覚も鋭いままだったんだろう。いちおう聞こえていてもいいと思って話していたが、直球で聞かれると、答えにくくもある。
「──まあ、そうだね、なんというか、ミリフィアが剣の道を究めて、剣聖にでもなったら、到達できるんじゃないかな」
「ウソですよね。子どもだましじゃないですか、そういうの! ソニンとガンゾーイが以前からそれについて話しているのに気づいてました。なにが剣聖ですか。魔導師のソニンに関係あるんですか、それ」
ミリフィアは体を起こし、私をにらみつける。
「あ、いや、ごめん。ミリフィアにはまだ早いと思って」
「さっきの模擬戦、ガンゾーイの負け、なんですよね? 私が勝ったんですよね? どこが、なにが、早いんですか!」
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