Ⅷ この世界を楽しめ

 正午をすぎたところで私はミリフィアに、一日の食事は、朝昼晩と決まった時間に、三食とったほうがいいといって、休息をとらせる。


 魔力量が底なしな彼女も身体強化と回復魔法で、肉体的にはほぼ限界なく動きつづけられるが、精神的にはまったく健全ではない。この世界では肉体より精神をやられるとそれが致命傷となる。


 「待って──」


 腰を下ろすとすぐさまサンドイッチを口に入れようとしているミリフィアを私は止める。


 「これは信仰でも宗教でもないけど、日毎の糧には感謝したほうがいい。食事をとることよりむしろ一日数回の感謝が目的かな。──あ、いや、感謝自体は、無理にしなくていいからさ、生きていくための食べ物にありつけた自覚をするんだ」


 「自覚ですか?」


 「そう、だから食事の前に、ただ、いただく、いただきます、だけでもいい。あー、べつにそれを声に出さなくたっていいよ。自覚さえすれば」


 「神に祈らなくてもいいという話ですか?」


 「神ではなく、この世界は、最初っから生きる糧を用意してくれているってこと。つまり、うーん、どういうことかというと、この世界を、もっと楽しめ、ということなんだよ。それを自覚すること。食べ物が回ってこなかったり、もう死んでしまったほうが楽だなんて考えてしまうのは、あいだに入っている人間たちの強欲の仕業、その影響。この世界自体は、ミリフィアに、毎日を楽しめといっているんだ」


 「そ、そうなんですか……」


 私自身、食べなくても問題なかったが、なんだか無性にこの世界の食べ物が食べたくなった。だから、


 「リンゴ、分けてくれる?」


 「え? あ、いいですけど」


 収納空間からミリフィアがリンゴ一個を取り出し、下手で放り投げる。私はミリフィアがリンゴを持っていることを知っていた。キャッチして受け取り、ありがとう、と彼女に感謝の言葉を述べ、じゃいただきます、と言ってからかじる。


 するとミリフィアも、手にしていたサンドイッチを眺めてから、いただきます、とボソっとつぶやいて、口の中に入れる。口に含みながら、


 「あ、なんか、いつもよりおいしく感じられる……」


 「──いやいや、それは関係ない」


 私はミリフィアの反応を笑う。笑われたことにミリフィアも気恥ずかしくなって笑いながら、


 「じゃ、どういうことですか」


 と怒りだす。


 私はなおも笑いながらそれには応えないで、そうこうしているうちにリンゴを食べ終わり、お昼寝タイム、とごまかして横になる。不思議なことに、早く剣の修行をしたいだろうミリフィアも、文句をいうことなく、食事を終えると体を横たえていた。


 その後、大きな影を感知して、まるで空から降ってきたようなガンゾーイの姿に体を起こし、声をかけられる。


 「休んでいるだけだろうな?」


 ガンゾーイは、横になっている私たちを見つけて、何かあって倒れているのではと心配したのだろう。私は、


 「ああ、のんきに昼寝をしてただけだよ。ガンゾーイは? もういいのかい?」


 「いや、まだだ。まだ時間がかかるから、いったん戻ってきた。ソニンは?」


 「戻ってきてないよ」


 「ガンゾーイ……」


 ミリフィアが立ちあがって、いつの間にかそばまで来ていて、声をかけた。深刻そうな表情をしている。かすかに手も震えている。


 「──アトマに剣の修行を受けた。たぶん強くなった。だからいまから模擬戦の相手をしてほしい」


 「ほう……。それはよかった。楽しみだ。やろうやろう」


 ガンゾーイは、これまでに感じたことのないミリフィアの異変に気づいたこともあって、逆に、努めて明るく気軽に応じた。


 が、ミリフィアの深刻さの本当の意味には気づいていない。彼女は自信ありありで、ガンゾーイと戦い、万が一にも自分が負けてしまうことを恐れて震えていたのだった。武者震いだ。


 私は嫌な予感がした。だから、


 「──あ、いや、ミリフィア。なんというか、そう、ガンゾーイは、レベルの次元が違う。君はガンゾーイには勝てないよ。だからまだちょっと、やめておいたほうがいいんじゃないかな」


 「何を言うアトマ。ミリフィアが私に挑戦してきた。それだけでミリフィアは強くなったと感じたよ。ものすごい成長ぶりだ。勝ち負けじゃない。胸を借りるつもりでどーんとやってくればいい」


 と、ガンゾーイはミリフィアに向かって言い、私には、


 「──アトマ。心配しなくともミリフィアに怪我をさせるつもりはないよ」


 あちゃー、これはダメだ。逆効果だった。ガンゾーイの言葉はミリフィアを煽り、挑発になってしまった。


 彼女はそれで決心したように深呼吸する。ミリフィアはガンゾーイの強さはじゅうぶん知っている。それでも負ける気はしない。この剣さえあれば──


 「この剣を使っていい?」


 母親から託された剣をかかげる。ガンゾーイにはどこか見覚えがあったが、剣からは強い魔力を感じない。ミリフィアが自分の魔力をまとわせていたからだ。だからガンゾーイも気にはならなかった。


 「いいぞ」


 と気楽に答えて、ガンゾーイ自身は訓練生用の木剣を出す。


 「さあ来い」


 ガンゾーイは構える。彼は1日2日でミリフィアが剣の達人になっているなんて夢にも思っていない。2〜3度剣を打ち合えば決まる程度に考えている。


 私は彼の驚きも楽しみに思ってしまったが、最強の剣の成果も気になっていた。どこまでこの世界に影響を与えてしまうのだろうか。


 ミリフィアは、ガンゾーイの見下したセリフに、すぐさま突進を開始する。力を込めた重い最初の一振りで、ガンゾーイは腕ごと剣をはじかれそうになる。


 感心している暇もなく、ミリフィアの第二弾が来る。──突きだ。無防備で受けると体に大きな穴が開きそうなくらいの勢いだ。


 焦りを覚えたガンゾーイは本気を出す。紙一重でミリフィアの突きを躱し、肘を立てる。ミリフィアの上体はその肘にぶつかって自爆しそうになる。


 が、ミリフィアは強引にそれに手をついて、その勢いを利用して、体を逆さに蹴り上げ上空に飛ばす。その先に魔力壁をつくるとそれを蹴った。


 真上からミリフィアの攻撃がくる。剣術において真上から突進してくる攻撃など通常はお目にかからない。ガンゾーイも意表をつかれて躱しようがない。が、ミリフィアは躱された。

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