97話 地獄②

 そうして夕方過ぎになり、大輔は帰宅する時間になっていた。

 素肌の上に毛布でくるまった私は、玄関で靴をコンコンと履き、扉を開ける彼の姿を見送る。


「遥ちゃん、今日はありがとう。良い日になったよ」

「……大輔。気を付けてね。高校卒業おめでとう。また連絡するね」


 手を振って彼を見送り、玄関の扉が閉まる。

 部屋に戻るために足を一歩一歩出そうとするがガクガクと震える。

 やっとの思いで部屋に入ると彼と私の匂いが入り混じっていることに気が付いた。

 少し前まで二人で横になっていたベットを前に涙が溢れた。

 自分でもどういった感情からのものか分からない。

 私もこういう事に年相応に興味もあったし、このような日を楽しみにしていた。

 このベットで彼を考えながら一人ベットに横になったこともある。

 お互いを思いやり、楽しい気持ちでこの時間を過ごし、笑顔で今日を終わりたい。

 そう思えたのは彼と結びつくまでだ。

 結びついてからはそんなこと考えられなかった。

 はっきり言うと、楽しい思い出なんて作れなかった。

 正しく言うと、だ。

 痛かった、地獄の時間だった。

 途中で一筋の涙が流れてしまった。

 そのときに目が合ったが彼はどう思っただろうか。

 結びついたことに対する嬉し涙だと思われただろうか。

 だから大輔はもっと強くしたのだろうか。

 でも違う、痛かったのだ。

 スポーツをしているからか力が強くて掴まれたりして痛い。

 彼の爪が皮膚に食い込んで痕になっていて痛い。

 その時間はとてつもなく長く感じたし、完全に真っ暗にされて状況も分からないから怖い。

 でも、途中でやめなかった。

 痛いって言おうとしたけど飲み込んで、むしろ彼に喜んでもらおうと笑顔を作って彼が欲しそうな声も出した。

 本当は声なんて出ない。

 痛いし怖いし緊張していたし。

 彼はとても気持ちよさそうにしているし、彼の理想とは違う私を必要としてくれているという安心感が勝ったから。

 自分をくるんでいた毛布が重力に従って床に落ちた。

 止まらない涙も床に落下し続けている。

 暖房もつけないでいたから部屋は冷えているが、その冷たさが今の私の体には必要だ。

 ヒリヒリなのかズキズキなのか、言葉には表すことが出来ない痛みが襲っている体に上書きするように空気が皮膚を冷やしてくれる。

 自分のものと見られる赤いものも、緊張から出た大量の汗も白いベットシーツに染みてしまっている。

 彼と使ったそれが粗雑に置かれていて、それをつまみ私はゴミ箱に叩きつけた。

 彼に対しての怒りではない、自分に対して、自分の人生に対してだ。

 なぜ自分の人生は上手くいかないのか、この地獄から抜け出すことができないのか。

 その場に座り込み暗くて寒い部屋の中で自分の体を両手で抱えた。


「……痛い……」


 疲れ切って寝てしまい起きたときには深夜になり素肌が冷え切っていたが、痛みは抜けていなかった。

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