幻実

さぼん

第1話



   疲れてると必ず見る夢がある。

私が夢の中で彼氏とデートしているという夢。

その彼とは色んなところに行った。最初に出てきた時は、カフェ巡り。次は古着屋さんに行って、その次は水族館に行って。その彼に会う時はなんだか現実でもあったことがあるような懐かしさがあって、夢か分からなくなる時もある。

  でも明らかに夢だと分かるのは

  その彼の顔が全く思い出せないこと。

  その彼の名前が全く分からないこと。

 どんな場所どんなものを食べたかすぐに答えられるのに、一緒に微笑んでる彼の顔が何故かどうしても靄がかかって分からないのだ。

 懐かしさを感じるから、自分の卒業アルバムを見返してもこの人だとしっくり来る人はいるはずがなく、

かと言って昔の恋愛なんて微塵もなく、誰なのか探すあてはどこにもない。

  夢を見た。またあの彼だ。

今日はいちょうを見に行っている。周りは冬なのに暖かい色が一面に広がり、現実では絨毯と呼ばれるくらい地面にもいちょうがさいている。

わたしはこの日、初めて手を繋ぎたいと思った。

今までは隣を歩いて話をしているだけだったが、何故か今日は彼に触れてみたいと思った。

この時私は彼と会えるのはこれで最後な気がした。なぜそう思ったのか、私には分からなかったが、触れたいと思った気持ちはこのざわめきの前兆だったのかもしれない。

ロングコートから出た手をそっとでも、ぎゅっと繋いだ。

少し時が止まり振り返る彼の顔には涙が伝っていた。

 ここでわたしは現実に呼ばれた。

この日以来、わたしは彼に会うことはなかった。

なぜあの時彼が泣いたのか、なぜあの時彼の顔に靄がかからなかったのか、全く見当がつかない。

 あの夢を見たその日の夜から変わったことがある。それは猫を飼った事だ。

帰り道ダンボールに子猫が入っていたのをどうしても見逃せなくて拾ってきたのだ。

あのロングコートと同じグレーの子猫を。

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幻実 さぼん @nsabonn

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