第4話 死別

 ~15年後~


「ルーク! そっち行ったぞ!」


【う~ん! 任せて! ファイアランス~!】


 大きな地鳴りと共に走り抜ける巨大な猪に、上空から待ち伏せしていた弟の大きな炎の槍が貫く。


 突き刺された猪は数秒もしないうちに全く動かなくなった。


「ナイス~ルーク!」


【兄ちゃんのおかげだよ~】


 すっかり3メートルくらいの大きさに成長した弟が、一瞬で50センチ程の大きさに変形して俺の左肩に乗ってくる。


 俺の肩には定位置があり、右肩はクレア、左肩はルークだ。


 二人とも常に無属性の重力魔法を使ってくれて、肩に乗っていたとしても重さは全く感じない。


 神鳥ともなれば、常に魔法で身を守っているため、息を吸うように魔法が使えたりする。


 俺は目の前に横たわっている自分の身体の十倍程の猪に向かって両手を前に出す。


「炎ノ手」


 両手から数メートルの大きさの手の形をした炎が猪をわしづかみする。


 そのまま猪を持ち上げて、とある場所に向かって走り始める。


 今の俺は前世から比べると驚くほどの身体能力を持っており、100メートル何秒とかの次元ではなくなった。


 森の景色が超高速に通り過ぎて、たどり着いたのはとある洞窟の前だ。


 ゆっくりと暗い洞窟の中に入っていく。


「ただいま~」


 俺の声が反響して洞窟の中にまで響き渡る。


 少しすると奥からクレアの【おかえり~】という声が届く。


 そして、洞窟の最奥の広間に到着する。


「ただいま。母さん」


 丸まって、疲れた表情で見下ろすのは、俺達が生まれた時とは打って変わり、弱弱しくなったお母さんだ。


【おかえり。アル。ルーク】


 ルークが肩から飛び出し、そのままお母さんの胸にダイブする。


 そんな微笑ましい姿を眺めながら狩ってきた猪をいつもの場所に置く。


 しかし、そこにはもう一体の猪が置かれていた。


「…………母さん~ちゃんとご飯食べないと元気になれないぞ~」


 振り向き、こちらを申し訳なさそうに見つめる母さんに、心にも思ってない言葉を投げる。


 できるなら…………母さんには長生きして欲しいというのが本心だ。


 でもその願いが届かない事くらい、誰よりも俺が知っている。


 その最も大きな原因を作ったのが他でもなく――――。


【アル。おいで……】


 そんなことを思っていたのがバレたみたいだ。


「母さん」


 母さんの胸の中に飛び込む。


 暖かい体温が伝わってきて、母さんが俺達をどれだけ愛してくれているかがすぐに分かる。


【いつも、ごめんね】


「ううん。俺こそごめん」


【ふふっ。アル。貴方は優しいお兄ちゃんに育ってくれて嬉しいわ】


「まだだよ。もっと母さんに見てほ…………」


 続きが言えなかった。


【さあ、こちらにおいで。子供達よ】


 クレアと共に三人で母さんの羽根の中に抱きつく。


【これから話す事をしっかり聞いてね。私の寿命はもう終わりを迎えるわ】


「っ!? か――――」


【でも悲しむ必要はないわ。私は……ずっと君達の中に生き続けるのだから】


 母さんの言葉に、自分の無力さが心の底から溢れてくる。


 異世界に転生して、俺は前世よりも遥かに大きな力を手に入れたはずだ。


 今では自分よりも何倍も大きい魔物を倒せるし、スキルや魔法を手に入れる事ができた。


 なのに、母さんを助ける事ができない。


 俺が…………俺か母さんから生まれ、母さんのを奪い取ってしまったからだ。


【アル。貴方は長男として生まれて、妹と弟の事を第一に考え、誰よりも優しい兄になってくれたわね。貴方の母で私は幸せよ】


「母さん…………」


【クレア。貴方は少し意地悪なところがあるけれど、とても優しい事を知っているわ……】


【お母さん!? 私、もうわがまま言わないから!】


【ふふっ。弟ともちゃんと仲良くするのよ?】


【する! するから!】


 クレアの泣き声に、俺も止まる事ない涙が溢れる。


【ルーク。兄と姉が貴方を守ってくれるわ。だから自分の意志をしっかり持って羽ばたくのよ?】


【ママ…………】


【私の子供達。愛しているわ。今までも、これからも…………】


 日々弱くなっていく母さんを見てきた。


 俺達の成長をどうにか見たいと…………この15年間、懸命に…………必死に生き続けてくれた。


 時には喧嘩もした。


 だって、日々食べる量が減っていくんだ。そりゃ怒る。


 でも……その怒る気持ちを母さんはちゃんと分かってくれて、いつも笑顔で【ごめんね】と言ってくれた。


 前世の記憶があって、はじめは母さんが神鳥だから気後れしてしまう自分もいた。


 でも誰よりも親身に俺という一人の人を、自分の息子を真っすぐ見つめてくれた。


 妹と弟が喧嘩したら困ったように笑うのも、決まったかのように俺の背中を優しく押してくれるから、いつもそうしてくれるまで二人を止める事はしなかった。


 背中を押してくれる母さんの羽は…………日々日々弱くなっていくのを感じていた。


 母さんがもう自力では立つ事もできなくなったあの日から、俺達は母さんの前では絶対に泣かないと決めて、三人で山の上で沢山泣いた。


 だから、最後くらいは母さんと笑顔で別れたい。


「クレア。ルーク。笑おう。母さんに……笑顔を……届けるんだ」


【お兄ちゃん……】


【兄ちゃん……】


 声を出す事すら大変なくらい弱っていたのに、今日はやけに喋る母さんは、もう今日という日を決めていたんだと思う。


 母さんは少しだけ開いた目で俺達を優しく眺めていた。


 本当に幸せそうに俺達を眺めている。


「母さん。心配すんな! 俺達はずっと家族だ! これからも妹と弟と一緒に楽しく生きていくから! だから、だからっ…………ゆっくり眠っていい。家族は俺が絶対守るから!」


 返事は返ってこない。でも聞こえてくる気がした。【頼んだわ。私の大好きな息子】。


 そうして、俺達の母さんは目を閉じ、その長い生涯に幕を閉じた。


 朱雀という種族は火を象徴する種族だ。


 死んだ朱雀は――――その場で灯火となり、姿形すら残らない。


【私っ……もう、喧嘩しないっ…………お母さんと……約束したっ……から…………】


【僕も弱音吐かない……ちゃんと……約束守るっ!】


 俺の胸で大きく泣いている妹と弟を抱きしめる。


 俺達はその日、母さんのために一日中大泣きした。


 もう会う事ができない母さん…………俺を産んでくれて本当にありがとう。俺に道しるべを示してくれて本当にありがとう。


 これから妹と弟は俺が守っていくと誓った。

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