2.変わってしまった世界

 しばらくネットの動画サイトで情報収集をするうちに、自分が太ったとか痩せたとかはどうでもよくなってきた。

 半年間も飲まず食わずで眠っていたのだから、痩せるのは当然のことだ。

 なぜ生きていられたのかという疑問はとりあえず置いておく。

 どうせスキルか何かの力だろう。

 とにかく今は日本が、世界がどうなってしまったのかが知りたかった。

 パソコンの画面に映っていたのは世界中のダンジョンからモンスターが溢れて街を破壊し、人々を虐殺していく様子だった。

 さっき食べたパンが逆流してくるのを堪え、俺は動画を最後まで見た。

 動画サイトの規約のせいか日本の動画はあまりないが、日本でも多くの人がモンスターの犠牲となって亡くなったとニュースキャスターは言っていた。

 全世界での犠牲者の数はまだわかっていないが、日本では約2500万人、日本の人口のおよそ2割に相当する人が亡くなってしまったらしい。

 俺はその被害の甚大さに身震いした。

 ネットで調べると第二次世界大戦の日本人戦死者が230万人とか240万人とか書かれている。

 悲惨な戦いだったことを幼い頃からあれだけ教え続けられてきた第二次世界大戦の戦死者の10倍以上の人数が犠牲になったというのだ。

 幸いにも今は比較的状況が安定しているらしいことが唯一の救いだ。

 ダンジョンというのは一番奥にボスのような存在がおり、その存在を倒すとモンスターの流出が止まるということをアメリカの調査チームが発見したのが状況好転へのきっかけだった。

 発見されているだけでも日本に120以上あるダンジョンだが、それぞれモンスターの強さが異なっている。

 その中でも比較的弱いモンスターばかりのダンジョンを自衛隊の精鋭チームが攻略した。

 最奥まで行き、ボスを倒したのだ。

 その結果、本当にそのダンジョンからはモンスターが溢れ出さなくなった。

 そうと分かれば解決策は明快だ。

 全てのダンジョンのボスを倒せばいい。

 自衛隊は多くの犠牲者を出しながらも、必死に日本中のダンジョンを攻略した。

 そしてモンスターが溢れ出さなくなったダンジョンの周辺には防壁が築かれ、外からモンスターが入り込まないように自衛隊が常駐して安全地帯となった。

 自衛隊、警察、消防、果ては勇気ある民間人なども協力して人類の安全圏は日に日に広がり、日本は安定を取り戻しつつある。

 俺が半年も寝ている間に、大変なことになっちまったみたいだな。

 自衛隊には頭が上がらねえ。

 そして政治家は息してねえな。

 ダンジョンからモンスターが溢れ出した当初は政治家のことなんか気にする余裕もなかった市民たちだが、各地で安全地帯ができてインフラも復活し始めると途端に色々なことが気になりはじめる。

 特に政治家という国民の不満を一身に背負う立場の人たちの行動は目につきやすいのだ。

 有事の際こそ人間は本質があぶり出される。

 きっちり陣頭指揮をとって危険に対処できた政治家、あまり有能ではないがたとえ有難迷惑であったとしても危険を冒して陣頭指揮をとろうとした政治家、そして真っ先に逃げ出した政治家。

 そんな感じに彼らの評価は分かれ、特に最後の逃げた政治家は次の選挙で落選は確実だろうと言われている。

 まあ逃げたくなる気持ちもわかるが、だったら責任ある立場になんかなるべきじゃなかったかもしれねえな。

 一般市民だったら逃げたって誰も文句は言わねえんだから。

 そんな感じで現在の日本は少し希望が見えてきている状況だ。

 海外の情報は本当に錯綜していてよくわからなかった。

 噂によればモンスターによって滅ぼされてしまった国もあるのだとか。

 ダンジョンは基本的に水の中なんかの人が入れない場所には無いが、水生のモンスターというのもいて、かなりの数が海に逃げ込んでいるらしい。

 だから海も安全ではなく、基本的に船の往来は止まってしまっている。

 海底ケーブルは無事なのでネットは繋がるとのこと。

 なるほどな、だから俺はこうしてネットを見れているんだな。

 電気なんかのインフラも自衛隊と電力会社が頑張って復旧してくれたのだろうか。

 俺は自分が住んでいる街のあたりの状況を調べた。


「あ?どうなってんだ、ここまだ危険地帯だぞ?」


 日本政府のホームページには安全地帯となった場所と、そうでない場所のマップが載っていた。

 しかしその安全地帯の場所に俺が今いるこの街は含まれていない。

 それどころか5段階評価で一番危険な危険度5の超危険地帯に含まれてしまっている。

 この地域にいる住民には速やかに安全地帯へと避難するような呼びかけが申し訳程度に書かれていた。

 もはや避難とかそういう段階は終わったということなのだろう。

 なにせ災害から半年が経っているのだ。

 もはや危険地域に存在している生存者はいないものとされている。

 額から冷や汗が一筋流れ落ちた。


「やべえな、完全に逃げ遅れちまってんじゃねえかよ」


 俺は慌てて立ち上がり、カーテンの隙間から外を覗き見た。

 窓の外は真っ暗で何も見えない。

 室内灯を付けたまま眠っていたので気が付かなかった。

 しかし今の時刻は午前10時くらいで、外が暗いはずはない。

 もはやわけがわからなくなってきた。

 おかしくなった世界でもさすがに、昼と夜が入れ替わったという話は聞かない。

 俺は玄関まで歩いていき、ドアスコープを覗き込む。

 そこもまた真っ黒で何も見えなかった。

 ドクドクとうるさい心臓を押さえ、ゆっくりとドアを開ける。

 扉の向こう側は意外にも明るかった。

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