寝て起きたら世界がおかしくなっていた
兎屋亀吉
1.寝て起きたら半年経っていた
寝返りを打つと同時にふわりという浮遊感につつまれる。
落ちる、と思いビクリと体を震わせたところで目を覚ました。
崖から落ちる夢とか勘弁してほしい。
「はぁ、今何日だよ……」
身体にはしっかり長い睡眠をとった後のような怠さと固さがある。
丸一日は眠っただろうなと思いつつスマホの電源を押すが、画面は付かない。
寝る前は70%くらいはバッテリーが残っていた記憶があるのだが、まさか自然放電と待機電力で70%のバッテリーを使い尽くすほどは眠っていないだろう。
とりあえずスマホに充電ケーブルを差し、服を着替えた。
ふわりと香るおっさん臭に顔をしかめる。
俺はそんなに眠っていたのか。
それとも一晩でおっさん臭が服に染みつくほど歳を取ったっちゅうことか。
今年で38歳、まだ自分では若いと思っている。
しかしこうしておっさんである証拠を突き付けられるとやはりもうおっさんなのではないだろうかと思ってしまうのだ。
老化したくねえな。
再生医療で不老長寿とかできねえもんかと無茶なことを考えながらパソコンを付けた。
古臭いHDD搭載のパソコンは起動に時間がかかる。
さすがにそろそろSSDに変えるかと思いながらもなかなか面倒で変えられていないのだ。
起動を待つうちに朝食をとることにした。
長いこと眠っていたからなのか、ひどく喉が渇いて腹もペコペコだ。
俺はキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターと完全栄養食のパンを取り出す。
最近の朝食は大体これだ。
このパン3食分で1日分の栄養素完璧に摂れるらしいのでめんどくさい時はこれ3食で済ますことも多い。
まあ気休め程度の健康への気遣いだ。
気が大きくなったときなどは普通にフードデリバリーで暴飲暴食したりすることもある。
そのせいで健康診断はいつも憂鬱だ。
下腹もぽっこり出てくるし肉体は全体的に弛んでくるし、本当に歳はとりたくねえな。
「あ?そういやなんか下腹引っ込んだか?」
寝て起きたら痩せているなんてそんなことはあるはずがないのだが、なぜか今朝は本当に下腹がすっきりしているような気がしているのだ。
変な薬でも飲んだか?
たまに通販でダイエットサプリなどを試すことはあるが、最近は飲んだ覚えはない。
まあ気のせいかもしれねえな。
とそんなことを考えているとパソコンが立ち上がる。
右下のカレンダーの部分を見て俺は思わずパンを取り落とした。
そこには9月12日という表示があった。
俺が眠った日は間違いでなければ3月3日だったはずだ。
まごうことなき卒業シーズンで、河川敷の梅の花が咲いていた。
パソコンが壊れたのかと思い、色々なニュースサイトや動画サイトを見て回るも、やはりどこも今日の日付は9月12日となっている。
わけがわからねえ。
俺は半年以上も寝てたってのかよ。
いやいやそんなことはありえねえよな。
何が起こっているのか調べるためにも、俺はネットでの情報収集を進めた。
ニュースサイトの過去の記事なんかを遡ったり、掲示板の過去のスレッドを覗いたりした。
そして段々と色々なことがわかってくる。
「ダンジョン?スキル?」
どうやら俺が眠っている間に、世界はおかしくなってしまったようだ。
俺が眠った日、3月3日にすべてが狂った。
まず世界に起こった変化は、ダンジョンの出現だった。
そしてそれと同時に、人が眠ったまま起きないという現象が起こった。
つまり俺と同じということだ。
しかし目覚めるまでの時間には個人差があり、すぐに起きた人もいたらしい。
そして目覚めた人は例外なく、スキルという超常の力を身に着けていたのだという。
ステータス、というワードを口にするか心の中で呟くと自身のステータスを確認できるとネットには書いてあった。
名 前:山田善次郎
魔力値:12
スキル:【剣術】【引きこもり】【ウロボロス】【ショゴス】【バロール】
「本当に出るのか」
半透明なホログラムみたいな表示が目の前を浮遊している。
ファンタジーっていうよりはSFかゲームみてえだ。
そして思っていたよりもシンプルだった。
名前と、魔力値という数値、そしてスキル、この3つしか情報が書かれていない。
レベルも無ければ能力値も無い。
ネットの情報によればこの魔力値という数値がそれら全てを兼ね備えているらしい。
ダンジョンの中にはゲームのようにモンスターが徘徊しており、それらを倒すと魔力値が少しずつ上がっていく。
それに伴い、身体能力やスキルを発動できる回数なんかも増強されていくのだと経験者が掲示板に書き込んでいた。
つまりは魔力値はレベルとMPを合わせたような意味の数値なのだ。
ファンタジーに詳しい自称有識者によれば、魔力という未知のエネルギーがスキルのエネルギー源であり、身体能力なども強化しているらしい。
眠っていた間に人類は肉体をそのようにつくりかえられてしまったのだと。
少し背中にぞっとするものを感じながらも俺は自分の身体を見た。
さっき感じた違和感は間違いではなかったのだ。
仕事終わりに宴と称してウー〇ーイーツを頼みまくって蓄えた贅肉は次元の彼方に消えていた。
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