第65話:レイライン

「……あらためて聞くわ。あんたは一体何者なの?」


 くるりと振り返えった変態さんは太陽を背に歩く。

 そしてゆっくりと近づき、あと一歩という所で止まり静かに話す。


「俺は古廻こまわり戦極せんごく。マトモじゃない陰陽術の使い手にして、全ての闇落ちした勢力の敵――」


 なんて言う気迫なんだろう……。こんなに静かに話しているのに、変態さんの声しか聞こえないほどに研ぎ澄まされている。

 思わず固唾かたずを飲み込みノドを鳴らす。


「――悪妖・悪鬼・悪人。そして悪神までもが俺らをおそれ、〝羅刹らせつの討滅師〟と呼ぶ」


 思わず「羅刹の討滅師……」と口から出てしまうが、変態さんは「まぁ俺はさらにもう一つあるがな」と、斜め上を見ながら呟いていた。


 すっと視線を戻し、私の瞳をジッと見つめながら優しくも厳しい口調で続ける。


「残念お嬢様……いや、明日夏。事は俺が思っていた以上に深刻だ。祕巫女ひみこというのは覚えているな?」


 ドキリと心臓が跳ね上がるも、軽く頷きながら先を聞く。


「お前は祕巫女に覚醒しつつある。それも急速にだ」

「昨日あんたが私を助けてくれた時に討滅した、えっと……」

「堕ちた神を、俺たちは禍神まじんと呼ぶ」

「そう、その禍神が言っていたわ。私が祕巫女だって」


 昨日の恐怖がよみがえり、思わず両手に力が入った。

 持っていたホットコーヒーのカップの中身が〝ちゃぷり〟と揺れ動き、暖かさを感じつつ言葉を続ける。


「その祕巫女って昨日言っていた、ちょっと霊感が強いみたいな感じのでしょ?」

「あぁ、だが本当の意味は違う。祕巫女というのは――」


 変態さんの話は続く。

 祕巫女と言うのは結界の調律者と呼ばれるものであり、数百年に一度日本に現れるらしい。まるで楽器みたいだよね。

 

 それと言うのも、日本には色々な悪いものを封じていたり、または守護的なものや、土地を栄えさせたりする大結界があるとの事。


「大結界? そんなモノがあるなんて聞いたことがないわ」

「そりゃそうだろう。そんなモノがあるだなんて広まったら、興味本位で素人が動画を撮影に来て、ヤバイものでも映ったら困るからな」

「確かに国民総監視カメラな時代、誰でも気軽にリアルアイムで動画出せちゃうもんね」

「そうだな。そして大結界の事は、よくオカルト系の番組で言っているのを聞いたこと無いか? レイラインってヤツだよ」


 ある。聞いたことがある。と言うより、むしろそう言う話題が大好物です。

 けどそんな事恥ずかしくて言えなかったんです。

 だってお嬢様なんですもの!! 思わずラ○ュタはあったんだ! みたいな顔なるが、ハっと気が付きうつむく。


「……お前、オカルトオタクだろう?」

「し、失礼な事言わないでよね! 小耳に挟んだ程度の嗜みがあるくらいよ!」

「まぁいい。つまり、祕巫女とはそのあちこちの結界が緩んだり、壊れそうなパイプや壁を修理する水道屋みてぇなもんだ」


 変態さんの説明が酷すぎて、「なんて雑な例え!?」と声を上げてから気がつく。

 あまりにも日常からかけ離れすぎていて、他人事のように聞こえていたからだ。


 でも昨日。そして今日出会った怪異とも言える現象を、実際に体験した事を思い出すと体が震えだす。

 あれは紛れもない事実であり、今更ながらの現実を実感する事で震えが加速した。

 しかも自分が大結界の調律者という、意味の分からない存在だと言われ恐怖心が増す。


 思わず両手に持っていたカップが滑り落ちた事に気が付き、「あッ!?」と声を上げたと同時に、黒い影が足元へと差し込む。


 一瞬またさっきみたいな化けカラスかと身を固くするが、よく見れば馴染みの変態さんがしゃがんでいた。

 その右手には地面に落下する直前のカップが掴まれており、彼が片膝立ちになって、私が見下ろす形となる。


 変態さんはカップをゆっくりと上げ、胸の辺りへと上げると心地よくも安心する声で私へと問いかけた。

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