第56話:おち

「ほっほっほ。これはこれは、二つの巨大な力を持つ者が来たと思ったら、その一つがアンタじゃったとはなぁ、聖印のもろ

「……翁。なに。このカエル」

「なりはこんなんじゃがの、池にいる傾国の女狐と同等の恐ろしい存在じゃ。が、もっとも何もできまいがな」


 壱は「チッ」と吐き捨てると、声を沈めてドスをきかす。


「それはお前も同じやろ? なぁ七星の長――破軍の翁」

「ほほ。互いに〝ことわり〟には苦労するわい。破れば大きな代償が待っとるでのぉ」


 やれやれじゃな。ここで聖印が出てくるとは予想外じゃて。

 小競り合いならまだしも、本気で力を行使すれば超常を超える力を行使した報いとして、奴らことわりが出てくる。


 神をも抑え込む〝ことわり〟の力……さて興味はつきぬが、今は眼の前の驚異を何とかせねばなるまいよ。

 全く力が使えぬと言うわけでもないのでな。ほれ、恐ろしや。


「別にそうは言うても、この程度は出来るで? ほれ、うまく避けや?」

「ッ!? なに。これ。危険」


 カエル型の式神かのぅ? いつの間に仕込んでたのやら。

 天井・床・柱の陰・椅子の下に白い子カエルが合計七匹かの。


「ほっ、ぼぅっとしとると、カエルに撃ち抜かれるぞ〝廉貞れんてい〟」


 この程度は扇子で弾けば問題はあるまい。

 ほれ、余裕じゃ。廉貞はまぁ猪鹿蝶があれば問題なしか。


「やれやれじゃな。貴重な建物じゃというのに、貴様ら兄妹はなんとも乱暴な」


 見るも無惨に部屋が粉々じゃわ。

 それにしても、なぜカエルの折り紙なんじゃコイツは? たしか昔は……おっと、それどころじゃないわい。


「何も力を押さえれば、わっしもその程度はできるんじゃがなぁ? ほれ征け、影蟒蛇かげうわばみ


 崩れ落ちた瓦礫や物陰から、七匹の影が具現化した蟒蛇を放つ。

 お~お~。よぅ旨そうに食べおるわい。

 白いカエルはそんなに旨いかよ。さて、この程度で終わってくれれば御の字じゃが。


「そうはいかぬかよ。やれやれじゃて」


 見渡せばさらに増えた白い子カエル「ふむ」と思わずため息が出るが、まぁそのあとの質問は予想がつくの。


「それで神喰の月蝕がまた終わらないとは、どういう事やねん? もう空は晴れておる言うにな」

「なに、ただのジジイの妄言じゃよ。忘れてくれれば嬉しいんじゃがのぅ」

「はいそうですか~と言えるほど、僕は人がよくあらへんでなぁ」

「なに。このエセ関西弁。キモイ。翁、この程度私が殺る」

「待て廉貞、ぬしの敵う相手じゃ――」


 ちぃ、力量も分からぬか。見た目に騙されおってからに突っ走りおって。

 猪鹿蝶を使うきか? だが、その程度でヤツは――ッ!? 本気か聖印?!


「ナメテもろては困るなぁ……ええかガキぃ、〝ことわり〟は破るためにあるんやで?」


 聖印が急遽高めた神霊力で、空間が歪み始める。

 そこへ廉貞が猪鹿蝶をぶち当て、相殺しようと試みる。が、奥から巨大な大砲が出現し、その砲塔の穴へと猪鹿蝶を吸い込む。

 

 こいつはマズイのぅ。確実にここら一帯が吹き飛ぶわい。


「わっしらよりも狂うておるのはキサマらじゃろうて。引くぞ廉貞!!」

「くッ。すまない、翁」

「逃がすかボケエエエエ!! 八十七式聖砲一輪射し――放てえええッ!!」


 吸い込まれた猪鹿蝶を巻き込みながら、純白の白い砲弾が射出される。

 確実にこのままでは吹き飛ばされ、わっしは大丈夫じゃが廉貞は消し炭になるじゃろうな。


 が、その力利用させてもらおうぞ。

 両手で咒印を刻めば、ちょちょいと、まぁこんなもんじゃろうて。


「瀬は凪に払いて底丘より顕現せよ。七節秒使――蟒蛇の岩戸開門!!」


 聖印が放った砲弾より大きい岩戸を呼び出す。

 そこから巨大な黒い蟒蛇が現れ、砲弾を呑み込みながら聖印へと襲いかかる。

 

「さて今じゃ。岩戸へ逃げるぞ廉貞」

「わかった」

「どっちが狂っているんや! こんなとんでもないもん喚び出しおって!!」

「あとの始末はまかせたぞ聖印。わっしもソイツを喚び出したら仕舞えぬでのぉ~」


 ◇◇◇


 くそッ、破軍のやつ手などふりながら余裕で逃げおって!

 しかもこの蟒蛇は地獄にいる獄卒しとるやつやろ! どっから引っ張ってきおったんやアイツ!?


 が、〝ことわり〟をやぶる訳にもいかんから、見た目だけはハデにしたけど、出力はニ割に抑えたのが裏目に出たか。

 このままでは僕、コイツに喰われてしまうやん!!


 こ、こうなったら力を開放して――ッ?! なんや? いきなり蟒蛇の首が落ちおった!?


「なにをしているんですか? まったく……古廻様が風邪をひいてしまいます。帰りますよ愚兄あにうえ

愚妹しめちゃん! やりおるやんか~。さっすがは僕の出来の悪い妹やで!」


 狐耳をピクリとさせとる。

 ふッ。僕の事が心配になったと、正直に言いたいのを我慢しとる証拠やで。

 なら兄として、妹の欲求を満たせてやろうやん。


 大ジャンプをして妹への元へと「僕がんばったで~」と飛びつく。

 〆は大きく手を広げ、「兄上……」と微笑みながら迎え入れる。

 妹の素直な言葉と表情に「かわいいやっちゃで」と言ったまでは覚えているが、直後に〝ぱんッッッ!!〟と空気の破裂する音が聞こえ、僕の意識はなくなった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る