第44話:覚悟と覚醒

「余裕をかましているデスが、古廻キサマはすでに手負い。しかも古廻家が使う、剣技をブーストする気力というやつも弱くなっているデスネ」


 チッ、お見通しか。確かにもう俺に残された気力では、迫る馬頭モドキを討滅する事はできねぇ。

 

「その顔は図星ってや~つデスネェ? 苦々しい! 実に苦々しく苦虫をニガニガと食いやがって、ざまぁでスカッ! ってやつデスネッ!!」


 ざまぁか……確かにざまぁない。

 いまだに古廻の剣のわざを中伝までしか使えず、師匠ジジイから流派すら教えられないハンパ者だ。

 唯一使える奥義は、ジジイから見よう見まねで盗んだオリジナルだからな。

 

 それに陰陽術も苦手だし、わん太郎の力をまともに引き出せないばかりか、陰陽術の真髄しんずいたる、護りと封印が苦手ってだけで笑えない。


「どうしましたカ? 下を向いていたんじゃ、マヌケな顔が見えないジャナイですか。怖いなら逃げ出してもいいのデスヨ? もっとも、逃げても追いかけて潰しマ~スガ」


 逃げ出す、か。

 そうだ、できるなら逃げ出してぇ。またあんな思い・・・・・をするくらいなら、全てを捨てて逃げ出したくもなる。


 あの自分が自分じゃなくなる感覚に、恐怖していると言われても仕方ねぇよ。

 俺は……俺は――。


「――大丈夫なんだよ。私も、わん太郎もついているんだよ? だから安心して、ね?」


 これだ。また俺の心を見透かすように言いやがる。

 まったく、これだから美琴さんには頭があがらねぇ。

 

「何をゴチャゴチャ言っているんデスカ? 陰陽師が得意とする結界術すらマトモに使えない、落ちこぼれの残念ク~ン? ほぉぅ~ら、もう一歩で命が終わるうううう!!」


 馬頭モドキの巨大な足の裏が、神喰の月光を遮り頭上に影を落とす。

 大きく上げた汚い足の裏から大量の水をしたたらせ、踏み潰されるまで十メートル。

 

 静かにまぶたを閉じ、内なる自分・・・・・へと問いかける。


 「――干からびた魂を焦がしてまで壊れた俺がほしいか?」


 瞬間、全身の血液が逆流した感覚と共に、背骨を氷の手で握られたかと錯覚するほどの、〝ざわり〟とした感覚が襲う。

 

 さらに加速する恐怖と狂喜の狭間に、肉体が応えようと変化をする。

 爪は鋭く伸び、口内も犬歯が伸びる感覚に不快感が頬を満たす。

 皮膚も焼かれたと思える熱さを感じ、腕や手の甲。そして顔にもそれが張り付く。


 湧き上がり、抑えきれない衝撃とも言える自分の中のナニカ・・・

 それを必死に押し殺し、魂を焼かれる痛みに思わず――。


「――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 と、同時に巨大な足が降ってきた。

 水という柔らかい物質に、勢いよく落とされた巨大な足。

 聞いたことのない〝ゔぱん゛〟と破裂した音が宝ヶ池へと響き、衝撃で周囲の樹木が激しく揺れる。


 さらに水しぶきとドロが盛大に打ち上がったのを見た文曲は、「やりましたカッ!?」と右手でガッツポーズ!

 

「ハッ……ハハ……アハッハッハ!! 最後はマヌ~ケな声で叫び声が聞けただけで満足デェス! 後は馬頭型・神工兵機を使い、京都を火の海に沈め神楽淵のトップに――」

 

 その大きな独り言へ静かにかぶせる声が一つ。

 静かだがよく通る声音こわねが、文曲の品のない声を打ち消す。

 

「馬鹿の極みだな。それが出来たら今頃はお前らの天下だろうに」


 水しぶきが雨のように降り落ちる向こう側。

 その水面に妙な気配を文曲は感じる。

 やがて水しぶきがやみ、水面が落ち着きを取り戻した事で文曲は見慣れない男を発見。


「お前は……ダレダ?」


 その男は白銀に輝く長髪から水が滴り落ち、男だというのに妖艶にたたずむ。

 赤き月光がそれをますます怪しく、艷やかに浮かび上がらせ、徐々に全体が見えた。


 頬には赤い紅のような模様が入り、手の甲には見たこともない美しい文字が見える。

 肌も透けるほど美しく、男だが妙な色気すら感じるほどだ。


 その男がゆっくりとまぶたを開くと、文曲はその瞳へ釘付けになる。

 思わず息を呑むほど、引き込まれるその黄金色の瞳。

 その角膜の中央は縦に瞳孔が見開き、男が静かに口を開く。

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