第43話:メズ

「戦極様……」

「あぁ、三下奴さんしたやっこの猿面も本気みてぇだな」


 周囲を回っていた馬群は、一斉に文曲が居る岸へと集まりだす。

 それらが錯乱したのか一箇所へ向けて駆け出し、互いに激しくぶつかり合い肉片が散乱。

 と、同時に地面へと吸収されてしまう。


「っち、あれは生贄だろう?」

「そうなんだよ。しかも中規模以上の招来術しょうらいじゅつと見て間違いないんだよ」


 かなりピンチな状況だな。アレ程の生贄を使う招来術か。

 なら間違いなくデカイのが出てくる。

 だが逆にチャンスじゃねぇか? なにせ今なら――。


「――チャンスだろ。背後のアレ、〝神喰の月蝕〟を引き起こしている咒法式をぶっ壊すな?」

「うん、だけど戦極様の残りの気力だけでは……だよ」

「が、やるっきゃねぇだろ。って!? マジ……かよ……」


 予想以上に早く文曲の咒術が完了したようだ。

 ここから見ると赤いオーロラみたいに、薄い光のカーテンが地面から立ち昇る。

 次の瞬間、地面に転がっていた黒馬群の死体が地面へと吸収され、文曲の足元が大きく盛り上がる。


「……古廻戦極。ここからは正真正銘しょうしんしょうめい、本気の文曲を見せてヤルデス。ここまで融合させたら二度と使い物にならなイ」


 そう話しながらも、文曲の足元の盛り上がりは一層激しさを増す。


「が、その価値がキサマの命にはアルと判断した。その事を光栄に思い潰れシネ」


 その言葉と同時に地面が弾け飛ぶ。

 地面の割れ目より赤黒いドロリとした液体が溢れ、宝ヶ池へと注ぎ込まれた瞬間、サビ臭い赤い水蒸気が発生。


 勢いよく立ち昇るその向こうより、巨大な瞳孔が縦に割れた瞳が激しく動き回った後、俺を睨みつける。

 さらにゆっくりと昇り、やがて巨大な顔が見えだす。

 それは馬の顔だった。が、違和感しかない。


 なぜなら赤黒い馬の顔より下はどう見ても人そのものだ。

 いや、人であるはずがない。しゃがんだままでもかなりデカく、筋肉の塊がこちらへ最敬礼をしているかのように左手を地面へ向け支える。


 その筋肉の塊がゆっくりと立ち上がる事で確信した。俺は確実に負ける、と。

 嫌な汗が電気が走るかの如くピリリと背中を流れ落ち、思わず口を開く。


「全長が五階建てのビルを斬る事出来るか?」

「十五メートル……今の・・戦極様には不可能なんだよ……」


 ふぅとため息一つ。「だよな」と呟き、天に張り付く禍々しい月を見つめ覚悟を決める。


「わん太郎。もし俺が負けそうになったら――殺してくれよ?」

「そういう契約になっているからして、ワレはあるじぃとの約束は守るんだワン」


 いつになく真面目に答える、わん太郎の頭をそっと撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めると、そのまま子狐はグルキャンの背中へと飛び移った。

 と同時に馬顔のバケモノは右手に、巨大な片手斧を持つ。


 どうやらコイツも土塊つちくれから作ったらしいが、強度もそれなりにあるんだろう。

 それを猿面の男・文曲へと向け、ヤツはその上に進む。


「まるで馬頭めずだな」

「馬頭さんはもっといい男なんだよ。覚悟……は決まったみたいだね」


 それに「ああ」と一言いう頃には、文曲は馬頭モドキの左肩へと飛び乗る。

 さらに左耳から下がる鎖状のピアスへと触れ、最終号令を下す。


「たかが雑魚と侮っていたのを詫びるデス。だから古廻戦極。キサマを生まれたてのナメクジを踏むように優しく潰し、醜い肉袋から内臓が弾け飛ぶ姿――魅せてもらいマスデス!!」

「やっと本気か? あまりに気の長いやりとりに少々飽きた所だ。そろそろ決着をつけようじゃねぇか?」

「口の減らないクソガキを潰せええええええええ!!」


 文曲は手に持ったピアスに咒を込めたのか、一瞬発光したと同時に冗談みたいな巨体の右足が一歩水面へと落ちる。

 〝ぞゔぁん〟と水が弾け飛ぶと、今度は左足が勢いよく池の中心部へと歩を進めた。

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