第38話:宝ヶ池の攻防戦~七

「古廻戦極……キサマ、今、確実に、〝安堵〟しているデスネ?」

「金属とはいえ可動部、特にアゴの付け根が弱いのが分かったからな。もう一頭くらいは余裕だろ?」


 文曲はだらりと下げた右腕をゆっくりと持ち上げ、傍らに立つ神工兵機なる〝エスタンピーダ野生馬真鍮像〟へと触れる。


「確かに、もうコレしか残っていませんネ……よくここまでやってくれましたヨ」

「そう気落ちするなよ。すぐに最後の――」


 そう話している最中、文曲が言葉をかぶせ強く遮る。


「――ダレガ気落ちなどするんですか!? いいデスカぁ? エスタンピーダ……この意味を理解し~てイマスかぁ?」

「エスタンピーダ? 確かスペイン語だったはずなんだよ……ッ!? ま、まさか」

「どうした美琴、それがどうしたんだ?」

「ククク、愚鈍なり古廻戦極ゥゥゥ!! そこの妖刀の方が意味を理解しているデスネッ!!」


 文曲はそう言うと最後の馬野郎の首を、赤色に見える何かのしゅを使い勢いよく落とす。

 ぶっ壊れた蛇口よろしく血液が吹き上がり、薄赤く発光している神の血潮が地面へと溜まる。


 そこから勢いよく五芒星の形へと神の血潮が広がり、次の瞬間に縦揺れの激しい揺れを感じた。

 あまりの衝撃で、わん太郎は「なんだワ~ン」と勢いよく転げてしまい、俺も両足で踏ん張るのが精一杯だ。

 そんな様子を見た文曲は、愉悦たっぷりに口を開き高らかに叫ぶ。


「さぁぁぁぁ~湧き上がれ! 真のエスタンピーダを、古廻のクソガキに魅せてやるのデスッ!!」


 地鳴りが激しくなる。地面を震わす轟音もだ。

 状況が理解できず、「何が起こっていやがる」と投げやりに言うと、美琴が静かに話す。


「……スペイン語でエスタンピーダ。これを英訳すると〝スタンピード〟と言うんだよ」

「スタンピードって確か大型動物の集団が、恐怖で混乱して襲ってくる……って、待て! まさかこの地鳴りは?!」


 美琴の言葉を理解したと同時に、地面が盛り上がり赤松林をなぎ倒す。

 そこから現れたのは土とも金属とも見れる、不思議な素材の馬だ。


 いや、馬・馬・馬……見渡す限り馬の群れが地面より湧き出て、次々といななく。

 その声は地獄の馬と言われて納得の、不愉快極まる魂への冒涜。


「そうなんだよ。猿面さんはコレがあったから、余裕だったんだよ」

「そのおおおおおおおり、デッス!! いいデスかぁ? 広沢池でキサマが戦った時に得たデータを元に作り出した土塊兵つちくれへい。そこに宝ヶ池ココで得たデータを組み合わせれば……ワカリマスネ?」

「うっそだろ……」


 俺の反応が良かったのか、文曲は頷きながらも「まだ未完成デスガ」と付け加え話す。


「とは言え、土は無限にあるのデェ~ス。強度は先の真鍮製よりは落ちますが、それでも硬い事には違いアリマセ~ン」


 右人差し指を左右に振り、さらに言葉をつなげる。


「そ・れ・に。この数! まさに数の暴力!! スバラシィデェス……ここでキサマを殺し、そのまま馬群を京都市内へとなだれ込ませ、住民を虐殺し、一気に京都中の結界を破壊シマ~ス!!」

「……そんな事はさせねぇよ」

「ハッハッハ! 言うだけなら古廻サルでも出来まーす。おっと、猿に失礼デスネェ」


 猿面の額へと右手を当て、大げさに首を振るのが癇に障る。

 さらに両手でピースサインを作り、その第二関節から曲げて煽りながら話す。


「祕巫女の完全覚醒など待たず、この文曲があの女も殺して――ッ?!」

「だからよぅ……やらせねえって言ってるだろ?」


 ざわりと背筋が震えるのが分かる。

 だが美琴の「落ち着いて」という声が聞こえた事で、何とか平静をとりつくろう。

 俺の雰囲気に一瞬呑まれた文曲は、馬鹿にされたと思い声を荒らげた。


「ば、馬鹿にしやがって!! そんな脅しなど、この文曲に通用すると思っているのですか?!」

「思っているし、それが大宇宙の法則だ。OK?」


 ワナワナと震えながら、猿面を左手で強く掴みながら文曲は右手を高らかに掲げる。

 そして「この馬鹿をミンチにしてやるデスッ!!」と言いながら、右手を勢いよく振り下げた。


 

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