第37話:宝ヶ池の攻防戦~六

 どうやら何かを企んでいるらしい。

 ふと顔を隠し、もふもふのしっぽだけを出してそれで前方の枝を指す。

 その意味を理解し、土台の馬野郎のタテガミを悲恋で弾き、文曲の短剣をエビ反りになりかわす。


「ちょこまかと動き回るデスネェ! ならコレデェス」


 文曲はいつ間に取り出したのか、茶色の液体が入った試験管を放り投げる。

 どうせろくでもないモノだと思い、そのまま上部にある枝を足場にかわし、また馬野郎の背中へと降り立つ、が。


「ッ!? 足が動かねぇだと?!」

「そうデェス! それは瞬間接着剤の強化版。モチロン毒性もアリマスネェ」

「そんなモチロンはいらねぇんだがな!」


 両足を背中に固定され、それを突き刺しにくるタテガミ。

 気力を思い切り込め、なんとかタテガミだけは斬り払うも文曲の猛攻がヤバい。


 右手に持った悲恋でタテガミを払い、上半身の動きだけで文曲の短剣をかわしつつ、懐へと左手を滑らす。

 引き抜いたのは白い霊符。

 苦手な陰陽術の中でも特に苦手な、〝防御型〟の術式が書かれているものだ。


 それを中指と人差し指で挟み、そのまま薬指と小指を折りたたんだ状態で前面へ押し出す。


「守星三式! 白鱗はくりんけんッ!!」


 霊符を中心に一気に広がる半透明な白い鱗。

 コンマ三秒で広がったそれは、さらに厚みを増しながら文曲の短剣を防ぐ。

 硬質だが鈍い音が短剣の切先きっさきより、白鱗の盾から響き白鱗に亀裂が入る。

 

「守星三式でこの程度? ククク、古廻戦極ぅぅ! キサマ、陰陽術が不得意なのデスカァ? 笑わせてくれますネェ!!」


 チッ。白鱗の盾が砕け始めたが、悔しいが本当の事だから何も言えねぇ。

 俺の祖先は安倍晴明の直弟子だったという。が、破門同然に袂を分かったらしい。

 それと言うのも、護りに関する陰陽術が苦手だったのが原因らしいが――。


「――俺は更に苦手なんでね」

「だから言ったノデスヨ。古廻なんて言う存在は恐れるに足らないト! 翁も古廻などほっておいて、祕巫女だけに集中すればよいものを!!」


 何だ? 俺……いや、古廻家をどうにかしようとしているのか?

 

「何となく読めたんだよ。戦極様、それより今は」


 美琴が言いたい事を察し、脱出の準備に入る。

 くそ、買ったばかりだってのに……。

 眉間にシワをよせ悔しげに文曲を見ると、ヤツは口角を歪め嗤う。


「ザマァないですネェ~。これでトドメデ~ス!!」


 文曲はそう言うと、右手に持った短剣の柄を握りしめた。

 先端より緑色の液体がにじみ出て、それが刃全体に広がる。

 どう見ても毒のソレを纏ったまま、勢いよく短剣を押し込み白鱗の盾を貫通。


「シネエエエエ!!」

「まだ十七歳で死にたくねぇよ。わん太郎!!」


 靴を脱ぎ捨て、進行方向にある赤松の枝に飛び乗ったと同時に、わん太郎がトラップを発動。

 氷の柵が突如現れ、それにつまずきそうになる真鍮馬二頭。

 咄嗟にジャンプしてかわすが、さらにその先の地面には穴が空いていた。


「姑息な事をおおおお!! 縁を足場にするデスネ!!」 


 文曲が乗っている馬野郎はギリギリ縁を蹴り、何とか脱出に成功。

 だが俺が乗っていた方は、そのまま直進して穴へと落下。

 硬質なモノ同士がぶつかり合い、ガラスが割れるのに似た音が穴より響く。


 きっとわん太郎が氷のヤリみたいな物を仕込んでいたんだろう。

 それが馬野郎とぶつかり合い、盛大な音と共に「ヴォルルル」と声がした。


「毒の接着剤を使うやつに言われたくないね。って、足の裏がチクチクする」

 

 そう言ったと同時に穴に落ちた馬野郎が、枝から飛び降りた俺の背後より飛び上がる。

 当然ヤツの弱点たる、アゴの下が丸見えだ。

 だから当然、振り向きざまに流派が謎の〝ジジイから叩き込まれたわざ〟を放つ。


「ナイスわん太郎。ジジイ流・刺突術しとつじゅつ! 針孔三寸しんくさんずん!!」


 綺麗に穿うがたれ、喉元から脳天へと貫通した斬撃。

 上下から真っ赤な噴血をほとばしらせ、神喰の月蝕に照らされる。

 そのまま勢いよく背後へと倒れ、墓穴へと落下していく。


 背後を見ずに「残り一頭か」と呟き、これなら何とかなるかもと安堵の息を漏らす、が。


「ぐぅぅ、まさか神工兵機がこんなにあっさりと殺られるトハ……」

「古廻を舐めるんじゃねぇよ」


 肩を震わせ下を向く文曲。

 ゆっくりとヤツに近づいた瞬間、壊れた人形よろしく、首をキモイ角度でブルンと上げ話す。


 

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