第36話:宝ヶ池の攻防戦~五

 それに気がついたのか猿面の男・文曲が、暗闇の向こう側から街灯が照らす範囲へと染み出す。

 乾いた空気がヤツの大きな両手により〝パンッパンッ〟と弾かれ、妙に空間に響く音となり俺の鼓膜を苛立たせた。


「これはお見事デスネ~。まさか真鍮しんちゅうとはいえ金属に穴を開けるとはネェ」

「全然余裕デスネィ。あんな真鍮馬野郎程度で、俺が殺られる訳がないデスネェ」

「人の真似をするんじゃないデスヨッ! ふっ。だがまぁ、それもコノ……」


 文曲は両腕を左右へと向けて、花が開くようにふわりと広げる。

 その奥からジミリと湧き出る二つの馬の顔。

 暗闇から浮かぶそれらの顔から、四つの赤き光がゆっくりとまぶたから開放されコチラを睨む。


 思わず「なッ……」と言葉を詰まらせたのが愉快だったのか、文曲は楽しげに言葉をつなげる。


「グアダラハラ・エスタンピーダ野性馬真鍮像が、三体だったのを忘れては困るデスネェェェェ!! さぁ古廻戦極、楽しませてくれよデスネェ!!」


 そう言い終わると、文曲は一体の背中の上に飛び乗る。

 そのまま不敵に腕を組み、大地を蹴り砕き二頭が駆け出す。

 あまりの光景に「デスネェ……」と呟き、悲恋を握る手に力を込めると美琴がささやく。


「戦極様……もしもの時・・・・・は気にしちゃダメなんだよ?」

「あぁ、分かっているさ。もし俺が負けるような事があったらまぁ、ごめんな」

「そうならないように、全力でいくんだよ」


 俺が負ける……? そう、迫り来る二頭の真鍮馬に。

 残り八メートル。地響きが両足へ伝わる感覚で、久しく忘れていた恐怖が蘇る。

 

 さらに迫ること六メートル。

 馬野郎共のタテガミ同士がぶつかる、金属音が遠慮なく鼓膜を叩く事で背中にジットリと汗が浮かぶ。


 直前に迫ること四メートル。

 追い風からくる馬野郎共の温い吐息が鼻孔から入り、不愉快さで顔を歪め吐き気を堪える。


 真鍮のひずめでミンチになるまで三メートル。

 斜め前に生える、樹齢七十年ほどの赤松へと視線を合わせると同時に、悲恋を鞘に高速納刀。

 体をそちらへと向き直し、腰を落としながら高速で悲恋を抜刀し、ジジイ流の初伝で習得した基本型の抜刀術を放つ。


 角度を付け松の大木を斬ったと同時に、やはり悲恋の斬れ味は凄いと思う反面、金属をまともに斬れない俺の腕の悪さに苛立つ。

 だがその思いも時間は待ってはくれず、勢いよく赤松の大木が倒れる。


 そう、二頭の馬野郎と文曲の頭上へと。


「なッ?! などと驚くワケがなああああい!! 蹴り進め神工兵機じんこうへいきゴーレム!!」


 神工兵機と呼ばれた二頭の馬野郎は、揃って大木を蹴り砕く。

 粉砕機にでもかけられたように、赤松の大木は綺麗に折れ砕け散る。

 一瞬、赤松の枝葉が舞い散り、文曲の視界を奪い去った。


「チィ、どこに逃げた古廻戦極ッ?!」

「逃げる? あいにく俺の辞書にその文字が載ってねぇんだが、なッ!!」


 そう言いながら最後の言葉と同時に、上方から悲恋で文曲へと斬りつける。

 だが馬鹿そうでも流石は神楽淵の第四席。

 咄嗟に収納していた短剣を袖の中から出し、悲恋を受け止めた。


「ソウカ、倒れる赤松にゴキブリみたく張り付いていたんデスネェ!!」

「ゴキブリみたいな黒子のテメェに言われたくはねぇぜ」


 そう言いながらもう一体の背中へと降り立ち、文曲と対峙する。

 起伏ある赤松林の中を、二頭の金属馬が並んで疾走。


 どちらともなく斬りつけ始め、互いに急所を狙い斬る。

 だが俺の足場が悪い。馬野郎の背中であり、タテガミを伸ばし足を払ってくるからだ。

 

 周囲にある赤松を利用し、攻撃のタイミングで枝へと足をからませ斬りつけ、文曲を翻弄ほんろう

 だが地の利はヤツにあり、高速移動する馬上では決め手に欠け攻撃が決まらない。


「チッ、こうも動き回わられちゃ向こうが有利か」


 一度離れようと思ったが、遠くに頼れる駄犬。わん太郎がこっそりと赤松の大木から覗いているのが見えた。

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