第33話:宝ヶ池の攻防戦~二

 エスタンピータの真鍮像の前で片膝をつきながら、ゆっくりと起き上がる文曲。

 

「ぐぅ……流石は古廻。やるデスネ~」

「そりゃどうも。で、お褒めいただいたついでに一つ教えてくれよ。お前ら神楽淵は神喰の月蝕を使い何をするつもりだ?」

「簡単な事デスネ~、それは我が神の復活を願う。ただそれだけデスネェ」


 我が神ねぇ。コイツらの目的が居もしない、妄想から生まれた邪神を復活させようとしてるのは分かる。

 が、どうも直接の狙いはソレじゃねぇよな……。


 神喰の月蝕そのものは、闇の勢力。つまり妖かしみたいな奴らが力を得るだけだ。

 とてもじゃないが、邪神レベルの復活には到底力が足りない。一つ煽ってみるか。

 

「あぁハイハイ。妄想から生まれた邪神ちゃんねぇ。古代に生まれた正当な神の神威を取り戻すだったか? ハッ、んなものは存在しねぇよ」

「この文曲を馬鹿にするばかりか、我が神を貶めるとは……許さんデスヨ!」

「お~お~怖い。陰キャな仮面が怒りでヒビ割れそうだぜ? まぁ許してくれよ。本当の事だし」


 文曲はダダンと二度右足を地面へ踏みつけ、駄々をこねる子供みたく怒りを表す。

 

「さらに侮辱ッ! 我が神はイマス! 完全復活ために祕巫女ひみこの霊力を使い、京都守護大結界を――あ゛!?」


 どうやら余計な事を言ったと気が付いたらしい。

 アホなのかコイツと思いながら、スペイン産の馬の真鍮像を見て、その母国語で告げる。


ありがとうグラシアス。流石は神楽淵一の頭脳でいらっしゃる。ペラペラとよく歌う」


 文曲は「ぐッ……ぬぅぅ」と漏らす。

 が、不敵な笑みを浮かべ逆に俺を挑発しだす。


「ふっ、目的が分かったからと言って何になるデスネェ? 所詮は古廻の若造デス。どうせここで死ぬ身デス。丁度いい、私の実験に参加出来る事を光栄に思うのデスヨ~」


 訝しげに「実験だぁ?」と言ったと同時に、文曲は懐へと左手を忍ばせる。

 おもむろに取り出したのは、血液と似た赤くドロリとした液体がガラスに付着する、十センチほどの試験管。

 

 よく見れば薄く発光しており、どうやら普通の血液じゃない。

 それを左手の人差し指と中指の間に挟み、ユラユラと動かしてイヤラしく話す。


「愚かなオマエには分からないでしょうが、コレは〝神の血潮〟というものデスネェ」

「神の血潮? あぁ、昼にショッピングモールで献血をしていたが、そこから盗んだのか。A型の血液を神の血潮とかアタオカすぎる。妄想も大概にしとくんだぜ?」


 文曲は「なッ!?」と絶句し、ワナワナと右手を震わせて頭をかきむしる。

 その際に短刀は袖の中に収納する、奇術師ぷっりが見事だと思いながら見ていると、いきなり笑い出す。


「ハ、ハハハ……ア~ッハッハッハ!! こ・れ・だ・か・ら! 古廻は馬鹿なのデース!」


 何かまた話が長そうなので、「あぁそうかい」と言いつつ悲恋を左斜め後ろに構えつつ、文曲へと斬りかかる。

 狙うはヤツが持つ、あからさまに怪しい試験管だ。


 そのタイミングで斬りかかられると思わなかったらしく、文曲は驚き「卑怯者!!」と言いながら背後へと飛び退く。


 が、こちらの動きが一歩早く、文曲の持っていた試験管を真っ二つに斬り落とす。

 瞬間、中身がこぼれ落ち、地面へと〝ぬどり〟と落ちた瞬間消え去る。

 いや、正確に言えば消えたというよりは、染み込んだ・・・・・と言えるか。


 そんな状況を見逃さない美琴が、小声で「血液じゃない?」と呟くのが聞こえた。

 さらに文曲へと歩を進め、悲恋を右から斜め上へと斬り上げる。


「クッソガアアアアア!!」

「ちぃ、逃げ足が早い」


 文曲は背後へとバク転をし、悲恋の一閃をかわしたと同時に両手で馬の真鍮像の顔面を鷲掴み、さらに上方へと飛び上がる。

 そのまま馬の頭へ着地すると、右人差し指を向けてわめき始めた。


「オマエは鬼デスカッ! 人が気持ちよく話しているというのに! それに……」


 悔しそうに左手に持っていたであろう、試験管だった物の残骸を見つめながら続ける。


「貴重な神の血潮になんて事ヲ……」

「見るからに怪しげな物を嬉々として説明する暇があったら、とっとと使えよマヌケ」


 その言葉に文曲はガクリと肩を落とす。

 が、次の瞬間、文曲の左手が右の白衣の下へと吸い込まれていくのが見えた。

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