第29話:梅林園

 美琴に叱られてから数分後、宝ヶ池を時計回りに進む。

 右手に見える咒法式は清浄な月光を閉じ込め、文字列がせわしなく動く。

 その光景に軽く苛立ちながら、進む事しばらく。やっと目的地付近へと到着した。

 

 そこは春に最高の光景が見れることで、地元民には愛されている梅が美しい場所。


 ――梅林園。

 園内は傾斜あふれる立体的な作りであり、見頃には紅白の梅が来訪者を歓迎する。


 だがこの梅林園は開花時期だけが特別ではない。

 それは宝ヶ池でもシンボル的な真鍮像があり、京都とメキシコのグアダラハラ姉妹都市提携、十周年を記念して寄贈されたものだ。


 その像は三頭の野生馬をモチーフとした像であり、躍動感あふれる素晴らしいものであると誰もが思うだろう。

 その像の名は、スペイン語で「エスタンピーダ」といい、見るものを圧倒する迫力があった。


「着いたか……さて、どこに居る?」


 梅林園へと数歩進んだ所で異変に気がつく。

 一瞬雲が横切り神喰の月食が陰っていたが、それが晴れたと同時に気がつく。


 その異常さは今が晩秋に近い・・・・・・・という事を忘れる程の美しさがそこにあった。

 美琴も思わず「きれい……」呟き見惚れるほどの、幻想的な紅白の梅の華。

 

 そこから甘い香りが溶け出し、闇と絡め合う。

 魅惑の香りは、思わず口内が幸せになる感覚。そう、 完熟南高梅ゼリーを楽しんだ後のそれに似ていた、が。


「美琴しっかりしろ。あれは幻影だ」

「ッ?! ごめんなんだよ。たしかにあれは偽物……でもなぜ……」

「それはあの偽物にたかった、黒い蛾が説明してくれるだろうぜ」


 視線の先にある傾斜の上にある道。

 そこから石階段が見え、そこへと続く道の両脇に生えている梅の木の華に、びっしりと黒蝶が羽を休めている。


 大きさは一頭が三十センチ程であり、それなりにデカイ。

 羽の上部の眼状紋は梅の形をした白い模様があった。

 それが何百といるから、数えるのもバカバカしい。


「うわぁ~いっぱい居るんだワンねぇ~」

「あ。戻って来たんだよ。どこに行ってたんだよ、わん太郎?」


 ここへ来る途中、「わ~、面白いの見つけたワン!」とか言って居なくなった、困った子狐だ犬が戻ってきたようだ。


「やれやれ、どこで遊んでたんだ? ったく、お前も手伝ってくえよ?」

「ワレはエライからして、どんと任せるんだワンよ~」

「頼んだぜ? んじゃ~行くか……黒蝶野郎を討滅に」


 油断なく進み、その歩幅が徐々に大きくなる。

 と、同時に〝ざわり〟と黒蝶野郎が一斉に羽ばたき出し、距離が一番近い奴が赤目を光らせこちらへ飛んでくる。


「わん太郎、あまり手の内を見せるなよ?」

「わかったワンよ~」


 そう言いながら、左右へと分かれ目の前の黒蝶野郎を一刀両断。

 真っ二つになった黒蝶野郎。が、その裂け目から新たな黒蝶野郎が羽ばたく。


 それを下から悲恋ですくい上げるように両断し、返す刀で次の黒蝶を斜めに斬り伏せた。

 ここまでは順調。しかし、それを見越したと思う動きに一瞬右足が止まる。


「この動き……チィ、猪鹿の動きかよッ!」


 猪の突進と、鹿のぬるりとした動き。

 それらを合わせた黒蝶野郎の大群は、容赦なく襲いかかって来た。

 よく見れば奴らの羽は鋭利な刃物と同じであり、黒シカ野郎より薄く、切れ味が良さそうだ。


 黒蝶野郎の動きは、まるで一匹の化獣となったようであり、重力の足かせが無いかの如く襲いかかる。

 まずは左右から挟み込み、俺の判断を誤らせようと焦らせる、が。


「古廻をなめんじゃねぇ!」


 まずは右の大群へと斬り込み、そのまま細切れに蹴散らす。

 それを追い、背後から迫る黒蝶野郎が背後へ来た瞬間、バク転して奴らの上を通り過ぎたと同時に、斬撃を多数放ち殲滅。


 次々と地面へ落ち、そのままピクリとも動かなくなる黒蝶野郎。

 固まっていた事で一気に討滅出来たのは大きい。 


「どうよ? やってる事はさっきと変わらねぇだろう」

「だねぇ。だけど何だろう……あまりにも弱すぎなんだよ?」


 そこだ。これだけの数が居るにも関わらず弱すぎる。

 あれでは俺の戦闘データも取れないだろうに……何が狙いだ?


 そんな事を考えていると、わん太郎も黒蝶野郎を始末し終わったらしく、こちらへとあざとく〝ぽむぽむ〟という足音とともに駆けてきた。


「あるじぃ~終わったから、特盛ちゃ~りゅを汁だくで所望するんだワンよ!」

「帰ったらあげるから、ちゃんとお仕事をするのです」


 不満そうに「ええ~お腹へったワン!」と言ながら、「あのお花も美味しそうだワンねぇ」と付け加える子狐だ犬

 それに呆れつつ、向こうでの出来事を聞く。


「そっちはどんな様子だった?」

「ん~と~。一気にパキンと凍らせておしまいだワンよ」


 って事は、そんなに苦労しなかったって事か……。

 やっぱりこっちと同じかよ。


「なにか違和感とか感じなかったんだよ?」

「ん~、女幽霊が言うみたいな事は無かったと思うんだワン」

「と、すると弱かっただけなのか?」

「それはどうかと思うんだよ。近くで見ていたから分かるんだけど、あの黒蝶さん達……戦極様の剣の動きを全員で見ていた・・・・・・・んだよ」


 確かに見られていた感覚はあった。だがそれは攻撃してくるのが分かれば、誰でもそうすると思うんだが?

 分からねぇ事ばかりだ……チッ、敵の狙いは何だってんだ。

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