第17話:ぐるきゃん

 〆は「お見事です古廻様」と言うと優しく微笑む。

 納刀しながら「まぁこのくらいはな」といいつつも、少し照れてしまうのがまだ未熟なのだろうと思う。

 

「さて、と。美味い飯も堪能したし……行くか」

「まずはどちらへ?」

「そうだな……壱、京都の池や沼を教えてくれよ」

「まっかせなはれ! そう言いはると思って、愚妹に虐殺されながらも調べておきましたわ」


 そう言うと、カエルの折り紙が徐々に解体され、一枚の折り紙へと変わり文字が浮かび上がる。

 それでいいのか壱よ? と心配になるが、本人が大丈夫そうなのでそのまま話す。


「現在地がここで、儀式ができそうな広さがあるのは〝宝ヶ池〟と〝広沢池〟ですわ」

「やっぱり広くないと出来ないのか?」

「へぇ、この結界ならまぁ最低二百メートル四方は欲しいですわ」


 京都近郊ならそこしかないか……だが宝ヶ池は二百メートル四方あるか?

 たしか瓢箪ひょうたんみたいに絞られていたはずだよなぁ。


「宝ヶ池は歪な形だけど大丈夫なのかよ?」

「へぇ、斜めにすればイケまっせ。多少ゆがんだり歪だったりしても、映り込みさえすれば問題ないでっせ!」

「そういうものか。サンキュー壱、じゃあ行ってくるわ」


 悲恋を左手に持ち、庭園から歩き出す。

 その後を〆が静かに付き従い、肩には壱も乗っていた。

 なんだよ、意外と仲がいいじゃねぇの。と、思ったのもつかの間、また小気味良い紙風船が弾けるような音がし、断末魔が響く。


 何やってんだよマッタク……。そうため息一つする頃には店内へ戻っていた。

 店内の中程になると、〆が「古廻様、少々お待ちを」と呼び止める。

 〆は天上へと整った顔を向け、軽く手を二度鳴らす。


夢魅姫ゆめみひめ、八十七ノ六をお持ちなさい」


 そう〆が言うと、天上から「カシコマリ」と無機質な声が響く。

 待つこと三十五秒ほどで天上の一部が開口した瞬間、首を吊ったかと思えるほどリアルな、人間サイズの日本人形が降ってきた。


「うわああああッ!? って、夢魅姫かよ! 誰か首でも吊ったかと思ったぞ!!」

「……オヒサシブリデス、コマワリサマ」


 そう言いながら、夢見姫の背後には〝ナイス・骨董ジョーク〟と垂れ幕があった事に、イラっとする。

 だが夢見姫の手には箱があり、それを目ざとく見つけ出す。


「ハイハイ、オヒサシブリデスネー。で、骨董番のお前が出て来たって事は……あるんだろう、アレ・・が?」

「モチロンデスヨー」


 そう言うと夢見姫は〆へと薄汚れた木箱を手渡し、それを目の前にある囲炉裏を囲むテーブルの上に置く。

 だがこの薄汚れた箱は普通じゃない。なにせ封印の札が張ってあり、それは開けてはいけないとひと目で分かる恐ろしい物だ。

 だから俺は覚悟決めて、〆に勇気を出して聞いてみる。


「なぁ。そのさ……〝開けちゃイャン〟って札に意味あるのか?」

「あ、ありますよ! この中身の彼はちょっとシャイなんです。ですから少しでも明るくなるように?」

「疑問形で言われても困るんだが? で、ソイツは何なんだよ」


 コホンと〆は咳払いをすると、そっと蓋を開く。

 別に封印されていた感じもなく、自然に開いたそれに驚くも、中身にさらに驚く。


「〆ちゃん? えっとこれは……あれか? 一般的に言う〝ぺろぺろキャンディー〟ってやつか?」

「え!? そ、そんなはずでは。元は干からびた昆虫みたいな感じだったのですが……。ちょっと貴方、中身が居るんでしょう?」


 予想外の事に〆も驚いているようだが、もじもじとした煮え切らない口調でぺろぺろキャンディーが話す。


「あのぅ、そのぅ……ぼく、ね? 何年も箱の中にいたからね。ちょっとカビ、生えちゃった……てへ」

「こ、古廻様。これがその骨董品です! たぶん」


 美しい顔に汗を浮かべ、愛想笑いをする〆。

 おまえ妖怪屋敷の店主だろ、なぜ知らぬ? そんな事を思っていたのが通じたらしく、ジト目でぺろぺろキャンディーを見つめる狐娘が怖い。


 敵意を向けられたぺろぺ……面倒だからペロキャンは、俺に助けを求め泣きつく。


『ひぃぃ!? た、助けてくださいよぅ古廻さん! あなたになら、ぼ、ぼくの初めてと、棒を激しくねぶり舐めてもいいですからぁ』

「誤解される発言はやめていただけませんかね? そ・れ・と……頬をそめる乙女みたく言うんぢゃねええええッ!! ったく、〆。一体どうなってやがる? こんなん持って行っても邪魔になるだけだぞ」

「そ、それはそのぅ」


 さらに冷や汗を重ねつつ、シットリとした狐耳もまた良いものだ。

 うむ。スマホで撮影し、メトロポリタン美術館へ寄贈しよう。


「また変態的な芸術性に顔を歪めているんだよ」


 これだッ。またこの妖刀様ときたら……きぃぃッ!


「シテマセンヨホント。それで〆、もう一度言うが、ペロキャン持って行っても邪魔なだけだ。チェンジ!」


 そう言うと美琴が「夜の大人が、ドアの隙間から言う感じはどうかと思うんだよ?」とか言いやがる。

 まったくウルサイ妖刀様だ。ちょっぴり憤慨していると、〆が申し訳無さそうに話す。


「そ、それがその。現在の古廻様のお力では、貸し出せるのが一つとなっております。貸出期間は最短で二十四時間となっており、箱を開けた瞬間から契約は執行されます」

「ちょっと待て。じゃあなにか、俺はこんな男の娘みてぇな棒と一夜を過ごすのか!?」


 驚愕している俺の背中から、もふもふがよじ登り頭へとくっつく。

 さらに「あるじぃ~言い方ぁ~」とぬかしながら、妖刀様と「大概なんだよ」とディスる。

 キミタチ。俺、おまえらの主なんだが。もっと優しくしてもいいんだよ?


「ぐぬぬぬ……ちッ、仕方ねぇ。おいペロキャン、邪魔だけはすんじゃねぇぜ?」

『う、うん。ボク……ね。古廻さんの……てへ。い、いっぱいご奉仕する、ね?』

「うっさいわ!! ったく、んじゃ行って来るわ」


 腰に悲恋美琴を佩剣はいけんし、右手で頭を強く掻きながら玄関まで行く。

 相変わらずカウンターには、熊本の愛されキャラの偽物が、バカラのロックグラスにメーカーズマークを注いでいた。

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