第18話:妖かしや生霊

「「「いってらっしゃいませ古廻様」」」

 

 引き戸を開けると静かに、だが声を揃えて心地よく狐面の女中達が頭を下げる。

 先程〆が帰宅した時もそうだが、ココ〝異怪骨董やさんが出現している間〟は、一般人には見ない。


 まぁ、あんな燃える牛や、狐面の女達が居たら騒ぎになるわな。

 そんな事を思いながら振り返ると、〆が手に風呂敷を持っていた。


「お、こいつは?」

「はい、ホ〇弁当の唐揚げです。お好きだと思い用意しておきました」

「そそ! これこれ! やっぱ育ち盛りには鳥唐だよな! が、〇の中身がなのかなのか気になるんだが」

「うふふ。喜んでもらえて良かったです」

「せやで~肉は力の源やさかい、ぎょうさん食べてぇや~」


 いつの間にか復活したもろが女中の手の上で得意げに話す。

 どうやら回復したらしく、ちょっぴりホットした。


「うし! それじゃサクっと陰キャを潰してくるわ」

「はい行ってらっしゃいませ。御武運を」

「関連しそうな組織も調べておきまっせ」


 二人の声援を受け、「頼んだ」と一言つげながら風呂敷を片手に京の闇へと溶け込む。

 三軒ほど家の屋根を踏み越えたあたりで、美琴が思案げに話す。


「んん……確率的にいえば〝広沢池〟だよ」

「お前もそう思うか? 〝宝ヶ池〟は歪だから、より二百メートル四方を描くなら広沢池だろうな」

「もぅ~何でこんな面倒な事になっているんだワンよ。ふぁ~、ワレはポンポンがいっぱいで眠いんだワン」


 これから元凶を叩くというのに、俺の料理も盗み食いやがった緊張感のない、子狐だ犬に左こめかみがピクリと動く。

 まぁ、こんな事が起きなければ、小物の討滅だけですんだ話だから、わん太郎の言うことも仕方ねぇ。


 神喰の月蝕は、小物にとって最高のイベントだ。

 なんせ薄汚れた月光を浴びるだけで、簡単に力が増すんだからな。


 とは言え、妖刀たる悲恋美琴にも最高の状況だと言えるだろう。

 まぁそれは敵も同じだろうが、な。

 

「戦極様、先程の案件が最重要だけど、本来のお仕事も忘れちゃだめなんだよ?」


 俺の意識が本来の事案よりも、神喰の結界に傾いている。

 だから美琴は本来の仕事たる、妖かしの押さえの事を言っているのだろう。

 が、今は有象無象の妖かしよりも、まずは馬鹿げた神喰の結界を構築した阿呆を捕縛するのが先だ。


「まぁそっちは適当にやるさ」

「それもそうなんだよ……あ、わん太郎十一時の方向だよ」


 美琴がそう言うと、駄犬は「面倒だワンねぇ」と言いながら俺の頭から飛び降りる。

 その勢いが結構な物で、将来ハゲたりしないかと、ちょっぴり心配だったりするんだが。


 そんな主の心の声すら届かず「ほら~」と言いながら、わん太郎は電柱の影から人間に取り憑こうと伺っている妖かしに、右の肉球を〝ぷにゅり〟と当てる。

 すると生まれて数十年の、バッタの妖かしが「ケーン!」と、どこぞの娘が叫ぶように消え去った。


 それに満足したわん太郎は俺の肩へ戻ってくると、報酬を要求しやがる。


「あるじぃ~。へんなバッタをやっつけたからねぇ。ご褒美がほしいんだワン」

「あ! ずるいよ、わん太郎! 私なんか、いっぱい変なの討滅しているけど、ご褒美すらないんだよ?」

「そ、そんな馬鹿な……まさかブラックなんだワン!?」

「「ッ!? ゴクリ……」」

「三文芝居はやめろ」


 なんだこの連携プレイは? この業界、黒も白もねぇっつーの。

 

「ハイハイ。どうせベンタブラックよりも黒いですが何か?」

「「堂々の超☆ブラック宣言!?」」

「ブラックで済むなら、俺らの業界は優しいもんだがな」


 やれやれとため息一つ。するとお腹がまんまるな子狐が欲望を顕にする。


「あるじぃ、〝ちゃ~りゅ〟がほしいんだワンよぅ」

「帰りにペットショップで買ってやるから、少し我慢しなさい」

「わーい嬉しいんだワン! ちゃ~りゅちゃ~りゅちゃりゅ~りゅ~♪」


 何だその変な呪文は? それよりさっき、「ちゃ~りゅを一気に五本食いだワン」とか言って食ってたろう。

 たく、しかたねぇヤツだ。さてここから直線で四キロちょいあるが、月蝕に酔った妖かしも討滅しながらだとそれなりにかかるな。


「月蝕に酔った妖かしと、その原因元凶を一刻も早く断たねぇと……とは思うが」

「そうなんだよ。妖かしだけじゃなくて生霊にも作用しているみたいだよ。ほら、あそこ」


 チッ、片思いの男に悪さしようってのか? あのままなら、あのリーマン車道に飛び込むぞ。


「思いの力。特に色恋沙汰は怖いねぇ。ったく、わん太郎行って来いッ!!」


 ぽけ~っと頭に乗るわん太郎のクビ根っこを掴み、思いっきりぶん投げる。

 わん太郎は「ふぇ? あ~~れ~~!?」と叫びながら、若いリーマンに取り憑き、判断能力を奪っている若い女の生霊へぶち当たった。


 次の瞬間、女の生霊は苦しげな声を一つ呻くと、右手を男へ向けながら消えていく。

 車道へと一歩踏み出した男は、目の前を横切るトラックのクラクションで我にかえり尻もちをつき叫ぶ。


「うわああああ!? な、何だいったい?!」

「おいアンタ。年は二十代後半で左目の下にほくろがある、背中まであるロングに、暗いオレンジ色のメッシュを入れた女に注意しな」

「え!? そ、それは俺の嫁じゃ……」


 車道の反対側から若い女が何かを叫んでいる。

 驚いている男だったが、この男がこれから会う女だと叫んでいる内容から理解した。


「なるほどな。おいアンタ、今すぐ家に帰って奥さんに死ぬ気で謝んな。じゃねぇと今夜――死ぬぜ?」


 ほんのり殺気を込めて男へと忠告する。

 

「ひぅッ!? な……なんだってんだ一体……俺には俺の用事――」

「――あ゛?」


 男の言葉に一言、目力を込めて被せてやる。

 すると「わ、分かった。分かりました今すぐに帰ります!!」と言って、男は車道の向こうに居る女を置いて走り去る。

 その姿をみつつ、美琴はため息をつく。


「向こうの女の人が叫んでいる内容から、助ける事も無い男だと思うんだよ。でもあの男を取殺した事で、奥さんが地獄へ落ちるのは可愛そうなんだよ」

「だな。神喰結界の波長にあった生霊すら、力を持ちすぎてこの有様だ。これが進めばどうなるか……それにしても厄介な月だ」


 一向に晴れない神喰の月蝕。それを睨みながら、人に危害を加える存在を討滅し急ぎ走る。

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