第11話:見上げる月

 思わず唇を噛み締め、顔を強張らせる。

 それを見た変態さんは「理解したみてぇだな」と言うと、鋭い視線で口を開く。


「いいか残念ちゃん。あんたの乳は誠に残念だが、生命力はピカイチだ。それも〝禍神〟や〝妖かし〟からすりゃ極上といって良い。だから今回のような渦や、本能が拒絶したら迷わず逃げろ。いいな?」

「妖かし? そ、そんなのも居るの?」

「当たり前だろう? 神も居れば妖かしも居る。ここは古の都だ……何でもアリ、だろ?」


 変態さんはそう言うと、話すことはもう無いとばかりに出口へと歩いていく。

 先ほどとは違い、赤黒い粘着性のある渦は消えており、ぼんやりと夕暮れの街並みが見えた。


「何でもありなの? 私……一体どうなっちゃうんだろ……。で、でもこれからは安心だよね?」

「……あぁ、そうだな」


 色々とショックすぎて呆然としていたけど、変態さんの言葉で安全なんだと思った瞬間、一つ重大な事を思い出し叫んでみた。


「って! そうじゃない、違う! ちょっと変態さん! 私は、た……多分胸あるんだから、残念ちゃんとか言わないでよね!! と言うより、あなた達は一体何なのよッ!?」


 右手で首筋を触りながら「あぁ~」と、肩に乗せた子狐と一緒に振り向く。

 そして腰の日本刀を左人差し指で、コツリとしながら話す。


「コイツは妖刀・悲恋美琴っていうまぁ……俺の相棒にして、よく分からんヤツだ。んで、こっちの子狐だ犬がわん太郎」

「その紹介はどうかと思うんだよ? と言うか、誰がよく分からないのかなぁ? かなぁ?」

「女幽霊の言う通りだワンよ~。ワレは偉いんだからして、もっと仰々しく言ってやるんだワン」

「お、女幽霊!? え? その日本刀が妖刀……? そしてどうして子狐ちゃんが話せるのよ!?」

「うるせぇやつだなぁ。質問タイムはおしまいだ。んじゃ~な」


 ヒラヒラと右手を振りながら、変態さんは去っていく。

 彼に質問はおしまいと言われたけれど、どうしても一つ聞き出さなくてはならない。

 だから出口に入り、おぼろげな現実世界あちらがわへ消える彼に叫ぶ。


「待って! 私は明日夏、枢木明日夏だよ!! 最後に教えて! 変態さんの名前を教えて!!」


 すると一瞬止まりかけた。が、やはりそのまま進み、振り返らずにこう応える。


「俺は戦極……古廻こまわり戦極せんごくだ。もう会うことはねぇだろうが、元気でな」


 そう言い残すと、おぼろげになり消えていく。

 肩に乗った子狐が手を振っているが見え、それもやがて見えなくなった。

 まるで水の中に沈んでしまったかのような、不思議な光景をただ見ていることしか出来ない。


 突き出した右手だけが、彼がそこに居たという証をさがし、空間を掴み止まる。

 どれほどそうしていたのだろうか。背後から「こほん」と咳払いが聞こえ我に返った。


「お嬢ちゃん、そろそろココを閉じるでな。さぁもうお帰り」

「あ……亀電様……」

「うむ。今後は色々と大変じゃろうが、強く生きるんじゃぞ? それとコレを持って行きなさい」


 亀電様は右手に小さな亀の甲羅を持っていた。

 水晶よりも美しく不思議な黄緑色の物で、差し出された甲羅をそっと受け取る。


「これは?」

「なに、ちょっとしたお守りじゃよ。ではな、また機会があれば遊びにおいで」

「ありがとうございます亀電様」

「うむうむ。外でお嬢ちゃんを探している者がおる。早く行っておやり」

「はい、本当にありがとうございます。じゃあまた!」


 私はそう言いながら、亀電様へ頭を下げる。

 そして頭を上げた次の瞬間、元の商店街の路地裏へと戻っていた。

 そのあまりの現実感の無さに、思わずつぶやく。


「夢……だった? いえ、違うよね」


 右手に握りしめた、黄緑色の不思議な色した甲羅をソっと見る。

 やはり今あった事は全て本物だったと思い、星が瞬く夜空を見上げた。

 あまりの出来事の連続で頭が混乱していたが、美しい星を見ることで落ち着いて頭が動き出す。


 困惑から恐怖。そして目の前にあった〝死〟という現実。

 しかもただの死ではなく、体を乗っ取られ、別のナニカになってしまう悍ましい恐怖。


 それを思い出すと、背骨に氷柱つららを差し込まれたかの寒さを覚える。

 そんな時に颯爽と現れた一人の男を思う。


 見た目は粗野だけど、美しいとさえ思える佇まい。そして非常識な動きから繰り出された剣技。

 さらに素人でも分かる力ある妖刀と、可愛らしく話す子狐をお供にした不思議な男。


 いきなり失礼な事を言われ、思わずムカっとした事を思い出す。


「まったく、誰が残念ちゃんよ! ド変態のくせに! 自分の方がよほど残念じゃない、結構イケメンのくせに、変態残念男なんだから!!」


 が、彼のお陰で命が助かった事を思い出す。

 彼が、古廻戦極が居なかったら、私はここで今怒ることも出来ない。

 だからだろうか。自然と口から言葉が漏れ落ちる。


「古廻戦極……か。今度会ったら、ちゃんとお礼を言いたいな……」


 真っ赤に喰われた月の横を、星が二つ並んで落ちるのを見上げながら、遠くから私を呼ぶ悪魔執事の声が聞こえた。



 ◇◇◇



 ――明日夏と分かれた戦極は、西大路西64L2と札がある電柱へよりかかりる。

 遠くでは彼女が善次に案内され、黒のIS500へと乗り込むのを見つめていた。


「ねぇ戦極様。あんなテキトウな嘘・・・・・・・を言ってよかったんだよ?」

「そうだワンよ~。アレは不完全どころか、完全覚醒間際だワン」

「それにあのセットメニューみたいに言った、〝視える・触れられる・会話出来る〟に加えて、大事な〝守る・払える〟が無いんだよ?」

「いいのさ。余計な事を考えず、少しでも普通の時間じんせいを、な」


 そう言いながら天空に昇る、血がにじみ出るような月を見上げる。

 忌々しい神喰いの月蝕は更に進み、今夜の事を思うと気が滅入るのだった。

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