第9話:邂逅 終

 男は「まぁこんなもんか」と言うと、見惚れるほど綺麗に日本刀を左右に振るい、自然に鞘へ納刀する。

 あまりの出来事に放心してしまうが、現状を思い出し変態の化身へと詰め寄る。


「ちょっと、貴方ねぇ!」

「あん? 何だよ」


 そう言われると、さっき言われた恥ずかしい事と、恐怖感からの開放を思い出す。

 そしてなにより今一番伝えたいことが口からこぼれる。


「何って、その……あ、ありがとう?」

「何で疑問形なんだよ。まぁいいけど」


 そう言うと男はお社への中央に安置されている、黒電話の所へと向かう。

 さらに右手を差し出して受話器を取る仕草になり、私は「ダメッ!!」と止める、が。


「もっしも~し、あぁ俺だよ俺オレ古廻だわぁ。そんでさぁ……まだ、居る・・んだろう?」


 オレオレ詐欺でももっと上手く話すだろうと思った刹那、気温が七度下がった気がした。

 それほど急激にこの場所が寒くなり、思わず腕を抱き震える。

 小声で「まさかまだアイツが」と口から漏れた瞬間、それは現れた。


 いや、変化したと言ったらいいだろうか。

 黒い電話が徐々に形が変わり、やがて光沢のある真っ黒なカメの置物になる。

 それが立ち上がると、古廻と自称する男へ話しかけた。


「ぃゃ~面目無いわい。あんたの爺さんには世話になっちまったが、孫にも世話になるとわなぁ」

「本当勘弁してくれよな。亀電がそんなんだから、野良の付喪神に乗っ取られるんだぜ?」

「ほっほっほ、すまぬすまぬ。少し眠っておった隙きに、禍津日神の眷属に乗っ取られたわい」


 亀電と呼ばれた黒い亀は、頭をかきながら戦極へと頭を下げている。

 ちょっと可愛いと思いながら、見守っていると足元の子狐が彼の肩へとよじ登ってきた。


「まったくぅ。お前ならここの守護を任せられると思ったから、ワレが推薦してやったのにぃ」

「これはこれは、わん太郎様。お久しゅうございますなぁ」

「うむ、くるしゅうないワン」


 そう胸を張る子狐の鼻を彼はピンとひと弾きすると、「何が苦しゅうないだよ」と言いながら話す。


「それじゃあ通常の結界に戻るだろうから、ここの守護は任せたぜ?」

「うむ! 今度は寝ないで頑張るのじゃ!」


 彼が「よろしくな」と言うと、亀電は四足になり右足を相撲取りが四股を踏むように、ドスリと左側の足を床に打ち付けた。

 するとそこから波紋が溢れ出し、波紋がお社を中心に一気に伝わる。

 波紋がふれたそばから古び、ひび割れた板や柱が生命の息吹を吹き返すように、檜の香りを放ち、神聖な社へと生まれ変わる。

 さらにそれはどんどん広がり、やがては外まで晴れ渡り美しい青空が広がっていた。


「す……凄い。一体これは何?」

 

 驚いている私を残し、彼はスタスタとお社を出ていく。

 

「あ、待って! 待ちなさいよ!」

「あぁん? まだ何か用かよ?」

「用も何も、まだ何も聞いていないんですけど」


 ジト目で思いっきり睨みつけてやる。

 すると見えない存在が、呆れ口調で彼へとお説教。


「もぅ、ちゃんと説明しないとダメなんだよ? 彼女は何も知らない一般人と同じなんだから、最低限は説明するんだよ?」


 彼は「あぁ……面倒だなぁ」と右手で後頭部をかきつつ、私へ向き直るとダルそうに話す。


「いいかい残念ちゃん。まずお前がここに来た理由は分かるか?」

「ええ。女の子が引きずり込まれそうになっていたから、助けて気がついたらここにいたの」

「やっぱりそんな所か。ここが開かれた原因はだなぁ、残念ちゃんが最近余計な事をしたからだな」

「余計な事? ちょっと待ってよ、私が何かしたの?」


 またため息を吐く彼は、お社の中にいる亀電へと呼びかける。


「おーい亀電! 悪いけど鳥居だけ闇堕ちにしてくれよ」

「え~? 今せっかく浄化したばかりと言うのに」

「誰のせいでこんな事になっていると思ってんだよ?」

「うぅ、仕方ないのぅ。ほれ、鳥居の外から見てみい」


 それを聞くと、彼はまた私を置いて歩き出す。

 そして鳥居をくぐり彼が指差す方を見ると、そこには先程見た気持ちの悪い鳥居が見えていた。

 さっきは余裕が無くて見る事が困難だったが、改めてよく見るとそれは異質だった。


 恐怖が鳥居の形で具現化したとしか思えない、生きている悪意を感じ奥歯が震える。

 それを見た彼は「大丈夫」と優しく語りかけてくれたので、震えも収まった所で思い出す。


「あ……これは。ちょうど三週間前に見た鳥居とお同じ……」

「やっぱりなぁ。いいかい残念ちゃん、〝コイツを呼び寄せた記憶〟があるだろう?」


 言われて思い出した。あれは緋依が珍しく一緒に行きたいお店があると言われ、そこに付き合った帰りだった。

 彼女は季節外れの夏色のワンピースを、ワゴンセールで選んだっけ。

 秋色で紅葉みたいな色が綺麗だからと勧めたが、私の名前と同じだと言って、夏色の突き抜ける蒼色にしたのを覚えている。


 その後、緋依とお茶をして別れ、気がついたら今日と同じくらいの時間だった。

 善次に迎えに来てもらう気分でも無かったから、そのままぶらぶらと歩き家へ向かう。


 そして遭遇した。あの不思議な鳥居に……。


 雑居ビルを抜け、ふと脇道を見る。そこは行き止まりのはずだったけど、なぜか奥に道がある気がしたんだ。

 だから私は何となく足を踏み入れた。

 

 こんなに長い道だったかと首をかしげたが、気がつけば背後が恐ろしく遠くに見える。

 焦り戻ろうとした時、背後から強烈な違和感を感じて振り向く。

 そこにあったのは、今目の前にある鳥居と同じ、ドロリとした生き物に見えた鳥居だった。

 

 そこで私は「なに、これ?」と思わず……そう、思わず触れてしまった。あの鳥居に。

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