第7話:邂逅 三

 確かにこれは私の声! でも、なんで私が受話器むこうから話しているの!?

 一体何? 何が起きているの?

  

『何っておかしな事を言うんだね? ワタシは貴女よ?』


 違う! 私は貴女じゃない!!


『そうかしら? だってほら……貴女の内心が分かる・・・・・・じゃない?』


 内心…………? そう。なぜ一言も話していないのに、私の心が貴女――受話器の向こうから分かるのよ!?


『簡単な事よ。ワタシは貴女なんだから、ね?』


 〝ゾ〟――――――――っとした。

 震えた。心底。いや、これがよく言うアレだろう。

 魂を鷲掴みにされたと言う表現だと、コンマ数秒の間に認識できた。

 戦慄。その表現を体感している間、受話器から声が容赦なく鼓膜へねじり込まれる。


『もしもし、私。震える可愛らしい口を開き、ワタシは私の声が聞きたいな』


 な、なんで私の声を聞きたいのよ?


『簡単な事だよ。だって私は心が寒い……日々の生活に疲れはて、魂から冷え切っている。だからワタシが切り取って・・・・・温めてあげる』


 え……それは……。

 待って、どうして今父と母あのひと達の事を思い出すの?

 そりゃ最悪の誕生日の始まりだったし、毎日家に帰るのが苦痛だ。


 学校も緋依だけが私の支え……でも、なぜこの電話の向こうのワタシがその事を……。


『分かるよ。だってワタシは私なんだもの。だから辛かったね、もうそんな辛い人生はワタシが全て変わってあげる』


 変わって……くれる……の? 


『うん、だから分かるの。だから、ね? もしもし、私』

「もし……もし、ワタシ?」

『応えてくれてありがとう。はい、そう――私だよ・・・。やっと声を聞かせてくれたね、ワタシ・・・


 何だろう……私がワタシになった?

 でもいいの、そんな事は。だってどっちもワタシなんだから……。

 だけど何でこんなに体がふるえるの?


『そんなに怖がらないで……だからワタシ。安心して――』


 なんて心地よい声なの……菩薩ぼさつ様に見守られているかのような、安心感と包容感に包まれる。

 あぁ……幸福だよね……だからこそ、この次の言葉を聞きたい。  


『――死んでキエテちょうだい?』


 次の瞬間、黒電話から抜け出す一つの漆黒の影。

 ソレは徐々……いや、数秒の間に点から線へ。やがて黒い塊へと変化をする。

 中心から形作られるソレは、聖籠学園の制服へと変わった。


 さらにソコから手足が生えてきて、見覚えのある体型に形成され、ゆっくりと口を開く。

 鏡、があるのかと思った。

 震える背中にビッシリと汗を張り付かせ、ワタシ・・・は私へと問う。


「ワタシ?」

『そう、さようならワタシ。今日から私が明日夏・・・・・よ』

 

 そうなんだ。ワタシは休んでもいいんだ。

 面倒な両親も、嫌な生徒会長や副会長も居ない気楽な生活……ステキ。

 ふふ、なんだか凄く楽になった気が――。


「――するわけないッ! ワタシは〝私!〟 枢木明日夏よ!!」

『ダメ、か。残念だなぁ、祕巫女ひみこの素体だから優しく殺してあげようと思ったけど……』


 そう眼の前の偽物わたしは言うと、閉じていた瞳をゆっくりと開く。

 そこにあるのは黒一色。全てを呑み込む黒い穴と思える、深淵の穴が二つヌメリと見つめていた。


 瞳は無いが、ソレに見つめられているのが分かり、金縛りになり動けなくなる。

 息も出来ない。浅く、浅く、やっと息を吸うのも苦しむ。

 脳内に酸素が回らなくなり、視界が朦朧もうろうとした瞬間、氷の腕で掴まれたと思える感覚で意識が戻る。

 

 見れば首がバケモノの右手に掴まれ、今新たに左手にも掴まれた。

 さらに左手が私の顎を掴み、強引に口を開かされる。

 思わず「う゛ぅ゛」と声にならない悲鳴をあげ、涙目になりながら視線で必死に抵抗。


『あぁ……やっと自由になれる。自由になった曉には、あの一族・・・・を皆殺しにしてやるッ!!』


 あの一族? 祕巫女? な、何を言っているの?

 それより今は何とか脱出――ひぃッ!?


『さぁ……体を頂戴。これが一番手っ取り早いから、ね?』


 偽物の口が〝ガバリ〟と開くと、そこから粘着性のある赤黒い舌が伸びてくる。

 黒い液体を滴らせ、口へとグロイ舌が滑り込むまで残り三十センチほど。

 あまりのグロイその光景に、卒倒しそうになりながら場違いな思いを浮かべ叫ぶ。


「ッッッッざけんじゃないわよ!! 誰がお前みたいなバケモノと初めてのキスするのよ!! 千年歯を磨いて一昨日来やがれ!!」


 言った、言ってやった! 肺に残った全ての空気を使い果たし、バケモノへそう宣言をした!

 こんな事しか言えないけど、でも言わないよりは絶対にいい。

 でも、嫌。やめて、これ以上私の口へ来ないで!


 うぅ、ねっとりとしたドブ臭い感触が下唇に……もうだめ……誰か助け……。


「――よく言った! 一昨日来やがれたぁスカッとするぜッ!!」

『な? ギャアアアアアアア!?』


 聞くに堪えない悲鳴が私の声で響き渡る。

 ドブ臭い感覚が離れた刹那、眼の前にバケモノの汚い両手が宙を舞うのが見えた。

 さらに吹き飛ぶバケモノの体は、お社の天井を突き破り外へと放り出される。


 その穴から光が差し込み、目の前の人物を照らす。

 黒い長髪を乱雑にしばり、見たこともない美しい刃紋をした日本刀を右肩に担ぐ男。

 光がまるでスポットライトのようになり、彼の姿を幻想的に映し出す。


 そして思わずへたり込んだ私へ左手を差し出すと、おもむろに引っ張り上げこう言う。


「ん~意外と普通だな。もっとこう……胸が大きいとよかったな?」


 言っている事が理解できない。いや、理解をする状況じゃない。

 だけど言葉の意味が徐々に脳内へ浸透した瞬間、思わず声を張り上げる、こんな風に。


「はああああああ?!」

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