第38話 闇夜の遭遇、土厳塁根 5
「街に被害は出ないんだな」
モエルは確認の意思を込めてミナモに言った。
白い世界―――霧の中で、未だ困惑中である。
ミナモを信じられない。自分のそんな性質も、しかし未だに他人の所為である、仕業であるという考えが捨てられない。
それが今のモエル。
また、ミナモが能力を使える人間だったとして、その実力のほどはわからない。
女商人のきわめて平和的な雰囲気振る舞いというか……目つきの柔らかさは、街で直接話したように、悪い奴じゃあない、という印象は残る。
話した大抵の人間からは、常識人に見えるのだろう。
だがモエルからすれば、自分とは違う、気味の悪さがある。
何を企んでいるのだ、と火属性男からは映る。
森に少し入った地点で、いわば表面で、見上げるほどの巨大魔獣を目の当たりにした。
放置が最適解なのか、これを放置だと?
大怪獣じゃあないか。
「ミナモ―――女は信じられない、といったじゃんか」
俺は言った、とモエル。
「……言ったっけ」
首を傾げるミナモ。
それに近いことを言ったんだよ。こうなれば偽りなく自分の意思を見せる。相手を知りたければまず自分から開いていこう。
モエルはそんなまっすぐな性質は持っていた。
「今でも俺はそうだし、何なら女から逃げるぜ―――怖いんじゃあない、なんか……なんか、ややこしくなるんだ、話が。何がしたいんだかわからねえんだ連中が。 いやだ。それだけだ―――で! 話は戻るが」
全てから逃げるつもりはない、とモエル。
「俺には力があるんだ」
手のひらに小さな炎を燃やし、それを見つめる。
「魔獣を退治して、それが
だがそうやって負った負傷がメインではない……。
ミナモはただ、黙ってそれを聴いていた。
モエルは、この世界に来る前に言われたのだと。
ろくに役には立たなかった男だが、こっちの世界では役に立つ。
キミの能力が役に立つ世界であると、おっさんに言われた。
「うろ覚えだけどよ。 細けぇコトは、違うかもしれない。そんなことを言われた……そうだ。 魔獣からも逃げちまったら、もう、どうなるんだよ……!?」
ただのクズじゃあないか。
「わかった―――わかったよモエルくん」
ミナモはちらちらと横目で巨大魔獣を見ながら、嘆息する。
モエルとホームレスの出会いなど知りもしない彼女である、何が何だかという心境が百パーセントだ。
しかし、話を聞いてやったほうが手綱を握れるだろうか……くっ、馬車のほうがよっぽど動かしやすい。
いいこと言ったつもりなのか、いいこと言ってやったつもりなのか、この男は。
どう説明して解説すれば、この場を退避してくれるだろう。
「まず逃げるよ、退避するよ―――! キミにはまだ早い。早いというか、戦う必要がない、まずないんだ」
言い聞かせるように話すミナモ。
ミナモは少し感覚に齟齬があった。
認識がずれていた―――彼はこの王都に
しかし世間知らずだ。
巨大魔獣は複数での戦闘が基本で、魔導具を始めとした準備をチームで行うのが基本だ。
総じて、甘く見てはいけない。
モエルは黙って聞く。
「見れば敵が
「そりゃあ……そうだけど」
「キミは手を抜いているってこと! 強敵に対してだ、そんな状態で突っ込んではいけない……!」
「……」
モエルの防具は割れた。一部分だけだ、というのがモエルの感覚。
ただ、次はこれだけじゃあ済まないだろう。
街に被害は出ないならば、このまま言い負かされて退避も、選択だ。
「退くんだ、ここは」
まあボクも悪いか……火属性が弱点なのは真実だ。
ミナモは黙る。
弱点―――正確には一部の弱点。それだけを口走ったのはどう考えてもボクが悪い、というか誤解を招く。
こちらの世界に来たばかりの、初心者が聞いたらどんな個人プレーに出るかわかりそうなものだ、予想は出来るはずだ。
今詳しくモエルくんに話すわけにはいかないが、巨大魔獣を倒すには敵の弱点を始めとした知識や計画が必要だ。
効きやすい攻撃がある。それは確かに存在する。しかし、それだけ信じて突っ込んでも、討伐には結びつかないのが巨大魔獣である。
敵が大きく強い、そして報酬も膨大であるならばそれが当然。
しかしまさか、ここまで子供っぽい好奇心で突っ込むとは、この男……。
瞳が曇り、嘆息するミナモ。
冷や冷やするなぁ、次に何をするかわからない。
法則があるとするならば、魔獣討伐にお熱なことなのだろうが……。
何回溜め息ついただろう。
ミナモは
敵はあらぬ方向に向かって歩を進めて行った――手を差し出すミナモ。
霧の加減を調整しよう――—
ミナモは『自分の能力』を行使した。
ミナモの持つ能力は、水。
水属性の魔導士———否、地の果ての人。
彼女もまた、モエルと同じ条理の外の存在である。
ミナモは視界の細部を調整し、こちらからは
もとより、視力が強いタイプではないが、これで向こうからは白い靄しか見えないはずだ。
これでは足元の樹もおぼつかない……だからこそ、あの魔獣の脚運びはろくに出来ていない。
監視に特化するくらいまでのレベルまでその能力を使うと、それなりに神経を使う技術ではある。
だがモエルが矢面に立っている間、注意を引き付けてはくれた―――本当に引き付けただけだったけれど……。
だから、やる時間はあった。
あとは細かい加減だけである……。
モエルくんも初戦はこれでいい。巨大魔獣の初戦は偵察で十分だろう、あとでその説明でゴリ押すとして……ええい、もうそれで行くしかない。
何をどう考えたら、巨大魔獣を初見で
男ってこんなに馬鹿だったっけ。そういえば自分は、ミキをはじめとして女同士でつるんでいたけれど。
商人として、『個人的なビジネスの話』ももうやめにしようかな……この男に話を持ってくるだけでも、それこそ場違いだった。
あまりにも疲労がたまる、リスキーだ。
別の人を当たろう―――グスロットで話しかけやすい、めぼしい相手にはもう当たったのだが、まあやり直しは何度もあったことだ。
そこを起点とした精神、世渡りがあった。
ミナモの目的はシンプルに逃走だ。
……このままでは、ただ危険な森に入って死んだ馬鹿者というエンドになってしまう。
その時だ、土厳塁根の前で青色がはじけた。
「あれ……」
思わず素の声が零れるミナモ。
ボク、水を使ったか―――?
そう思うような、飛沫が見えた。
土厳塁根に攻撃として水魔法を使うと、森へ追い返す、誘導のようなことは出来るかもしれない、選択肢として浮かんだものではあった。
攻撃。
驚きはしたがそんなことはしていない―――いや待てよ、あれは水というよりも―――。
戦闘になっても、正式な討伐指令を受けていない―――魔獣倒して一円も稼げないとあらば、動かないのが信条だ。
土厳塁根が叫ぶ。
「
大きく、地鳴りを発生させるかのような声。
巨大植物魔獣が両腕を上げて暴れた。
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