第33話 森の地鳴り

 ばさばさ。

 鳥が、近くの木を飛び立ったので、少し驚いて、そちらを見る。


 ずぅんん、と、地響きがして、座っていた場所が揺れた。

 木からまだ残っていたものが落ちてきて、地面すれすれでばさばさと、飛び上がる―――俺の目と鼻の先を通って行った―――ああ、これも鳥だったらしい。

 まわりを注視する―――どこを注視すればいいのかわからなかったのであちこちを見ながら、問う。


「な、なんだ?」


 モエルは動揺、森の中で木と混じって動く、が居た―――。

 暗いから、形状はあまり見えなかったが、球体に近い。

 それは三階建ての建物ぐらいありそうな重厚さでもって、木を、ゆっくりかき分けて進んでいた。

 巨大な影が、身震いする。


 モエルはミナモの表情を見る―――月明かりに照らされるだけだったので、細かい心境は察することが出来ない。

 だが予想外の事態であることは確かだった。

 彼女も慌てているように見える……。


 巨大な動物だとは推測できたのだが、推測の域を出ない、あたりは相も変わらず暗い。

 照らすものは星明りしかないので動いているものの正体は判別できない。


 俺は地響きを二重、三重に感じるだけでじっとしていることをあきらめ、近づくことにする。

 地響きの度に、馬車の荷台にいるのに、かかとが僅かに浮く。

 ヤツの足音を体に受け続けているだけで、変な気になりそうだ。


「モエルくん、モエルくん」


 ミナモが押し殺した声を出す。

 どうやら危機感を持っている―――そんなモードに入った、この性別不詳女。


「アレは土厳塁根どげらいねだ」


 魔獣の出没である。

 それも、風貌から判断するに、大型魔獣。

 モエルが出会っていないタイプの性質だ。

 植物の大型魔獣であり、


「―――え、あれが………」


 しかしまだ森の奥だ、見えないだろう暗いのだから。

 ミナモは何が動いているのか、種別まで特定したのか?


「わかるんだ、ボクは」


 こちらでの経験値はミナモの方が上だろう。

 ミナモやミキは、全ての魔獣を知っているわけではないが、それでも街に危害が及ぶレベルのニュースには触れている。

 街に警報が出る程度の魔獣はほぼ熟知している彼女だった


「植物の大型魔獣……ツリーフォークみたいな?さっき言ったよな」


「分類すると同じだね、火が弱点で……」


 言いかけてミナモが、自分の失言に気づく。

 そうなると……モエルの中に一つの希望が生まれる。


「………アレに、俺の能力が効くんだな」


 俺は歩き出す。


「待って。何する気……準備もなしに戦わないで」


「なんの準備だよ」


「そんな、防具は今も付けているようだけれど―――危険すぎる」


「防具?関係あるか」


 そういえば、確かに、武器屋の類によらなかったのは確かであるモエル。

 ミナモからもらったものだけで、無傷での魔獣討伐を繰り返していた。

 武器屋防具研究をしないのは、言われてみれば、もったいない。

 今度やってみよう。

 しかし今日は下見が目的だ。


「モエルくん、戦えばいいというモノでもないんだ」


 ミナモの口調は冷静で、しかし緊急時であることには間違いない、言いにくそうなことを言おうとしているらしい、唇の迷い。

 モエルは黙って聞くことにする。


「―――最初に、ボクらとの旅を、一度断ったよね。ギルドに行けと言ったよね」


 最初に、馬車でミナモと話した時。


「やはりギルドの仲間と一緒にだね、こう、相手をするレベルのものだ」


「ん……ミナモ、ギルドに追われていたって」


「あのギルドの悪口はまあ、話が別だよ」


 終わったことだし。命がかかっているからね―――とミナモ。

 命、死ぬ恐れがある……そんなことを考えて沈黙する。

 そうこうしている間に、地響き。

 ずぅんん、ずぅんん―――。

 地響きがまだ、鳴りやまない。


 ただしそれだけでもないのだった、その進路を音で推測できた。

 俺とミナモに向かって進んでいるわけでは、ない。

 気付かれていて突進されたらたまったものではないが―――。

 これはチャンスではないか?とモエルは考える


「サポートは多いに越したことはない。ボクは、そういう意味でも、言ったから―――もちろんモエルくんを見殺しにはしないつもりだけれど、それはできることなら、という話」


「慎重………なんだな」


「そりゃあそうだよ」



「戦うし、倒すよ―――相性はいいんだろう?俺は炎属性なんだぜ」


 ミナモの返事を聞かずに、俺は走った。

 行動から入るタイプなのだ、俺は。

 せめてもの、ミナモたちへの配慮として馬車から離れるよう心がける。

 異世界の夜の草原を、駆ける。


 モエルは森に侵入した。

 この下見———かなり価値が高くなる。

 モエルは自分が危険なことをやっているという認識はあった。

 これは馬鹿なことを始めている男だと。


 ただ、それでも、もうこりごりだ。

 これまで散々逃げてきて女から……異世界まで逃げてきて、この状況からも逃げの一手だと?

 後悔はないが、負い目はある。

 そして魔獣からも逃げ出すのは無理というものである。

 せめてこの世界の魔獣を知りたい。



 リスクはある。だが距離を詰めたその時は。

 土厳塁根とやら、俺の炎を喰らってみるといいだろう。


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