第32話 グスロットでの日々 3


 この世界の人間ではない。

 ミナモはそんな大仰な台詞を言って、それから思い出したかのように両手を上げる、掲げる。

 演説チックな振舞いである。

 どう、なんか壮大でしょう―――っと呟く。遠い目をした後、モエルにちらり、流し目を向けた。


「元々は違う世界に住んでいたのさ」


「ははあ」


「驚かないのかい?」


 モエルは呆けた顔だったが、それでも考えこむ。考え込んでみる。

 初めて知った事実ではあるが、意味を飲み込んでいく……強烈なことではない、これは自分にとって近しい存在?


「え、ソレってだから―――日本からか?」


「そうだよ」


 俺と同じじゃねえか!

 空を仰ぎ見る―――シンプルイズザベストといえばそうなのかもしれない。

 一番話しやすい感じはしたのだ。

 女の中ではだが。

 同郷のよしみってわけか。


「そういうこと―――だから、キミと敵対するのは御免被りたい」


「……いやいや、どうしてそうなるんだよ。女はクズだって言っただけだぜ俺は」


 そこだよ、とミナモは苦笑い。

 どうしてそんな言い方するんだと言う。

 モエルはもう面倒だなあと思いながらも、渋々と説明をした。

 なんの脈絡もなく罵詈雑言を言うだけの男に見えていただろう、実際そういう一面もある。

 ただモエルにも歴史はあった。


 異世界に来たくだり、向こうで巨大生物と戦ったことが、短時間はある、俺の場合はこうだったと、(自分があまり傷つかないような内容の)その際とある女に夕ご飯を作ってあげたが食べることはなかったという話。

 それも元をたどればモエルが、自分のせいでもないのに火属性能力を発現させたことに起因するという主張。


 言葉を上手く削れば、フードロスは現代日本ではありふれた問題であり困りますね、みたいな風にまとめることは出来た。


「炒飯、もったいないね」


 ミナモはモエルの感情を逆撫でしないようにそんなことに着目した。

 そうだろうそうだろう―――、とモエルは頷く。


「まあその巨大生物さ、確かに役立つようだね……」


 かつて出会い喧嘩を吹っ掛けられた異世界転移の管理人……と思われるポジション。

 田中のオッサンの課題。

 魔獣討伐の練習だったわけか。

 こうして実際に毎日倒してみると、もしかして必要な修行パートだったのではないかと、思ってしまうモエルだった。

 木の肌をした巨人のようだったが……。

 教育だったのか……?あのホームレス。

 しかもちゃんと意味がある?


「ツリーフォークみたいな怪人……? ああ、いいね……きっと火属性なら倒せると踏んだんでしょう」


 ミナモの着眼点。

 あの時は巨大木人を見上げながら公園を駆けまわり必死だったが、まあそういうことなのか。



 まあそれはともかくとして、本題だった。


「異世界からここに来たんだよ」


 ミナモは元々は日本生まれ日本育ち。

 地の果ての人。


「あれ。地の果ての人ってことは―――つまり、どうなるんだ?」


「だからもう、仲直りしようって話さ―――本当にもう、ミキとまで仲良くなれとは言わないけど、それくらいはね」


 モエルは不承不承、頷いた。


 ―――――――――――――――――――—————————————————————————————————————————————————————————

 

 その後、モエルはミナモの相手を続けた。

 対話を続けた。

 ただ、距離が縮まった―――というほど単純でもない。

 これからのことを考えた結果である。

 しばらくはグスロットで経験を積むモエル。

 火属性能力の実戦経験のために、今後は森にまで入る機会が増えるだろうという話をした。街のまわりだけでなく。

 出現する魔獣も大型に、困難になるだろうし、報酬も期待できる。

 馬車で街道を移動し慣れているミナモは、ならば森の近くに運んであげようかと提案した。

 モエルはそれに乗った。

 今後の下見のつもりである。



 モエルは夜空を眺める。

 もとより、モエルには距離が近い雰囲気を出していた少女である。

 こちらに来て出会った者はそれなりにいるが、下手な男子よりも男友達的な距離、リーチを感じる。

 考えてみるとすごい女ではあるのだが、まあ商売をやっていて距離がはなれているオーラを出しては、商売あがったりなのであろう。

 つまりは毎日の行動というか、日ごろの行いか。


 しかしそこはモエルである。

 何か裏があるに違いない、と、みずからの眉間に視線を向けて悩んだ。


 こうやって馬車に乗って移動するのは、本当に親切心からか……?

 親切心、そんなものは容易い、俺だって持っている、持っていた。

 だがそれがみのるだとか成就するだとかいうのは滅多にない。

 距離を縮めただけでアウトなんだよ。

 何こいつキモイという発言をする女子を中学生の時に目撃したぞ。

 

 ああいった言動を出来ることの方がよっぽど能力だと思うのだが。

 魔獣を掃う俺の炎よりも恐ろしいよ。

 恐ろしいっていうか、もうさ、不思議だよね?

 嫌われるだろうになんでそういうこと言えるかね、メリットが不明だよ。

 そこまでの愚かさも含めて恐ろしい。


 そもそもにミナモ、この女なぜ俺に接触をする……?

 あの後縁が切れたのなら、会わないのならそれでいいと思っていた。

 女は嫌いだという説明もし、触ってはいけないですよオーラを存分にまき散らしたはずだ。

 女はクズだからと、俺はまだ……いや、待てよ?

 前提条件が間違っているのではないか。

 ミナモが女であるという保証は俺の視力によるものでしかない。

 目視による確認なわけだが……


 待てよ?性別……もしや男?

 待て待て、あわ、慌てないで考えよう、仮にその仮定で始まるとなると話がかなり変わってくる。

 三百六十度変わってしまう、話が。

 心、動揺するな、悟られるな。

 つまりは兎に角、ミナモがものすごい女ガオの、しかし男である。

 だとすると一応はつじつまが合う―――俺に気安く話しかけるという点に関しては、合う合う。


 え、するとミキとの関係はどうなるんだ、それも新たに別の疑惑が発生する。

 待て待て、最優先はこの女が女に見せかけた男性であるかということにある。

 これが男の娘というやつか。実在するとは。

 声の届く距離にいたとは。

 俺の知り合いに、今までいなかったが、仮に知り合いにいたら、出来たなら。

 どういった扱いが安牌なのだろうか。

 ぐ……っ、切りづらい牌もあったものだ。

 

 可愛いね、と言えば、言っておけば機嫌を損ねずに済むのだろうか。

 俺は好かれたいのではない―——無論そうなのだ。

 ただ平手打ちをされるのはもう嫌なだけだ。

 なんだかんだ言ってミナモと行動を共にしているのは、争いにはしたくないという意思の表れでもあった。

 ことなかれ主義、女はこりごりだ。

 ……言い過ぎか、少なくともまあ、当分の間は懲り懲りだとしつつも下手に突き放してしまえば刺激してしまう。

 爆弾処理に似ている。

 え、ナニこれ、なんでわざわざ俺がやるのよ……、火属性能力者が。


 女顔というか中学生くらいにも見えるな、ミナモ……童顔の表現の方が近い。

 イケメン、という言葉がある。

 顔がいいからどうのという価値観は、モエルからすると少しばかり異なった。

 顔が良いのではなく、女が良いのだ。

 女は女っぽいものが好きなのである。

 女は女みたいな者が好きなのである。

 これが正解。

 それが、世間であふれる外見重視の、チャラチャラした言葉に隠されているが、正確な真理だと考える。


 極論、自分にとって都合の良さそうなものを扱いたい、これが女の総意だとモエルは考える。

 結局はエゴが最上位。

 これ自体は自然の摂理、まあモエルにもわかる。

 使いにくい道具を手元に置いておく職人はいない。

 あとは単純に自分に似ている要素があれば、まあ嫌悪感は湧かないだろう……これに関しては甲乙、多種な意見が出そうではある。

 わりと似ているからこその争いも起こりうるが。

 相性が悪ければ反発だ。

 怒鳴られる。



 男のなかには派手好きで、下手をすればそこらの女よりも派手に着飾る、出で立ちの者はいた。

 もはや昔の地元……日本で目にした光景だが。

 それも乱暴に言ってしまえば、女性の真似事をしているだけだ。

 ストレートに言ってしまえばそうなるし、だからこそ女の目を引くだろう気も引くだろう。


 モエルは、服装に頓着はなかったが、どうしても気分がどんよりとなってしまった日などは赤い服を着る。

 それで無理やりにでも視覚効果で気分を盛り上げようとするのである……効果のほどは自覚できない。

 騒がしい人格であることは間違いないが、常に明るい笑顔を振り向けるような人間ではない。


 これはこれで嫌なのだが……火属性能力者だからレッドとか、あまりにも頭からっぽで考えているのでは、と深読みしてしまう。

 ふう、炎を扱えればテンションがマックスで快活な性質だという固定観念、亡くならないかな。

 モエルは偏見を持たれるのが嫌だった。

 何気に湿っぽい性質の男である。





 で、何の話だったか。

 馬車は進んでいく―――そう、目的地まで到着しつつある。

 夜空には月が浮かんでいた。

 再開は夕焼けだったが、随分と経ったな。


 今日も馬の手綱を持つ彼女―――彼女未遂?の服装はゆったりとした外套のようなものであり、身体のラインからは判別しがたい。

 ミナモの胸元に膨らみがあるならば女、無ければ男、単なる、こちらの世界で出来た友人という感覚で通していける。

 なおミキは防具を付けていた剣士だった都合上、ぴっちりとした服装だった。

 しかしもう少し覗かないと推理が出来ないな。

 身を乗り出してみよう―――。

 多情体質の火属性能力者は、理詰めでそんな行動を選んだのだった。


「覚えてるかいモエルくん、ここ、この辺」


「は!? な、なあんだいッ!」


「いや……声デッか。でっかあ……いや思い出したんだよ、この辺りの場所!光景」


「ん? ……ああ―――弾空狼の出た」


 ここよりもさらに奥の、まったく見えない暗い道。

 ここのところ、様々な用事があったためにパッと出てこないが、ミキ、ミナモらと三人で討伐していた魔獣はあいつだけだった。

 あいつというのもおかしいか……?


「そうこの辺、この辺……」


 あの時のミキの話など、ミナモが話を探し始めた時だった。

 森の中から、不気味な音が聞こえてきたのだ。


 ――――ずぅううん。




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