第28話 リイネへの報告 2
モエルは男の友人数人と連れだって建物を出た。
こちらの世界で普通に、人びとがいることに戸惑いを覚えるモエルではあった。
友人、を意識しているのはむしろ彼ら側であるらしく、モエルに比べると安心からの笑顔が目立っていた。
街が紅く、光を帯びている―――すっかり夕暮れ時である。
石を切りだして作ったような街並みが絵的だった、絵画みたいだ。
……っていうか芸術家ってこういうふうな、身の回りのもの描いていたんだよな。
俺の時代よりかなり昔だったってだけで。
この世界って、何々紀……ええと、西暦とか何時代とか、そういう要素はあるのだろうか。
勇者と魔王だの、そういうことがあったということしか、まだわかっていない。
街を見回す。
ちょっと店でも覗いてみた方がいいかな
色々と勝手は違うのだ。
コンビニないんだなこの辺……まあ当たり前なのだが、数日前までは、なんとなく散歩気分で行っていたから……。
身体が便利な店を求める。
スーパーでもいい。
この建物を出た時にきょろきょろと、目で探していた。
どうやら食料店はあった。 どうやら、というのは女性が比較的多く眺めていて、そして果物が積み重なったりしているためだ。
その店に今すぐに買い出しに行くことは出来ないけれど、当面はこの街の地の果ての人に対する、サポートのようなものを借りることが出来るという。
「ミナモあたりに聞いてみるか……。 さてどうする……そういや魔導具は便利そうだけど、使い方はわからん」
「モエル、どうするんだこれから」
シマジと名乗った、隣席の彼をはじめ、
彼は連日ここに通っているそうだ。
気の良さそうな男だった……表現は妙かもしれないが、普通の男達だろう、ミキやミナモよりはそう見える。
この辺りにいれば、しばらくは友人というか、何かしらのコミュニティを作れることだろう。
明日も来る予定らしいというので、日本の話をしつつ、あっさり別れた。
終始、完全に善人だった彼。
「ああ、ええと……!」
俺はミナモに一声かけなければならない。
ミキが結局どうなったか―――それは定かではないが。
魔導具についてもそうだ。
今後のことになるが―――講習で、主要なもののいくつか、説明があるらしい。
知らない道具がたくさんあることはワクワクしなくもないが、しばらくは苦戦しそうである。
魔導具が溢れたこの世界に慣れることができたら、モエルが火を起こす以外にも様々な要素を使いこなせるはず。
ミナモに聞いてみないと……もしくは、そういう便利なアイテムに、説明書とか付属してたらいいんだがな。
果たして、夕方にミナモと合流した。
モエルが第一世界講習会に参加したこと、その心配をしていた。
追手のことを少し心配したモエルだったが、フードを被っていると町の他の女商人と見分けがつかないくらいの状態にはなっていた。
「迷わなかったかい?」
「んん? いやまったく問題なくてよ……最初は、なんだここってカンジだったけどさ」
ミナモ。
この一見して大人しい女は、どういう意図を持っていたのか―――自分を騙そうとしているんじゃあないかと疑っていたモエルだ。
この世界はまったくのアウェイなため、その警戒は人として当然だったと思われる。
彼女はモエルが見ている限りは、終始親切でいい奴だった。
もう一人は……あれは居丈高な姿勢を見せていたけれど。
「まあ……ありがとよ、それでさ」
「モエルくん、話があるんだ」
しばし、目が丸くなったままに見つめ合う二人であった。
二人とも、少し空気を変えて、居住まい正して、話したいことがあるようだ。
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「ミナモ……あんたには正直に言っておく。この世の女はクズばかりだと言ったよな俺」
「はは、言ったねえ……そう思うのかい? 今でも……?」
あれすごかったね、初対面で随分と癖の強いヒトだなぁと思ったよ。
女商人の、その口調のやさしさに、モエルは当てられる。
言葉は詰まりながら、それでも出てきた。
「で……いい奴も……いる……みたいなことを思う」
今は思う、とモエルはぶつくさと呟いた―――街にたどり着けたことは感謝している。
当たり前だろう、とミナモはニヤけてしまった。
不愛想な男はそのまま言葉を紡ぐ。
とてもたどたどしく、いまだ考え中なことを表していた。
女の中には男よりも暴言を吐く者が実在していて、口頭での攻撃を怠らない。
「ただ……もう、それがどっちがどっちなのか見当つかねえんだ、見ても、どの女が……どうなって……?」
俺の目ではわからない。
目元に指を当てて、それがたぶん、本当の気持ちだ、と言う。
言ってしまえば男のこともあまり好きではない、そんなことまで呟くモエル。
偽りはないのかもしれないが、聞かされるミナモはどんな
まあ悪人は一見してそうとはわからないようにしてくるものではあるけれど。
「全部わからんから……まあさよならだ……」
ミナモは、こっちも助かったからいいよ、と笑い飛ばした。
ミキのことはあんな性格だから、まあクズだと思われても仕方ない。
あの女剣士にはミナモも正直、付いていけない部分があるという。
自分はそもそも職も違うし、ミキのように剣を取って戦わない。
女でも男でもひどい人間はいるだろう、ひどい発言をする人間はもっといるだろう。
そういうことを声高に発言しても、たいして意味などないだけで。
モエルの言うことはわかる。
ミキとは輸送、移動という手段で今回同行することになった―――まあ昔少しばかり一緒になる機会があっただけだ。
モエルにはそこまで話さずともよいだろう。
「ルッペ……ウチの子たちもモエルくんのこと、お気に入りだったし、それでいいよ」
モエルは嘆息する。
あの大家族の光景を思い出す。
子供たちはいいんだよ、あんなの……あれくらいの年頃、みんな可愛いだけじゃねえか。
当然のことだ、と思う。
短い間世話になったな、とばかりにモエルは背を向けた。
長い間にならなくて良いのだ。
この街にたどり着ければ、まあ野垂れ死にはしないだろう。
「モエルくん、そのう―――昔のことを気にするな、って言いはしないよ」
ミナモは笑んだ。
ずっと穏やかな態度を崩さなかった。
人前では常にニコニコしているような性質で、それがもとより染みついていた。
「モエルくん、キミさ……ずっとその性格かい……?」
ミナモは困ったような様子。
不満を感じてはいないように見える。
穏やかな物腰は、モエルからすれば威勢のなさが目立つものだった。
湖面のごとき人格である。
彼には一生、真似できなさそうな人格である。
そんな彼女は言う。
「いつかまた、好きになってくれるといいなあ―――そのう、女の子をさ」
モエルは少しの間、足先は街の人ごみに向けたまま、ミナモを眺めていた。
彼は上の瞼を降ろした目つきの状態で女商人を見ていたが、やがて踵を返して歩き出す。
「……考えとくよ」
うさんくせえ。
有り得ないとすら思った。
この女も、なんだかんだでこの俺を面白がっているだけだろう。
自分は、いつも笑っていられるような生き方は出来ない。
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