第19話 初日を終えて 2
「ご注文承りましたぁ」
お通しが運ばれてくる。
女性定員が置いたのは菜モノなのはわかるが何らかの植物といった感じで、あれ、日本の食べ物か?どこの国の食べ物か?肉も混じっているのが見えた。
おっさんの注文はぼんやり聞き流していたが、そもそもこの店内。
どこの、どういう店なんだろう。
料理が凝っているとか、そういう以前の問題だ。
おっさん―――。
ところでおっさんって。
「おっさん、名前……なに?」
結局何も知らなかった。
「ん? 田中だよ」
「田中さんか、あい、わかった……ほんとぉう?」
左右で目玉のサイズを変える表情の燃絵流。
ガンをつける不良生徒というよりは、ただシンプルに疑っている感じ。
俺って、今まさに、詐欺師と会話してない―――?
田中さんにしては、今までの行動や仕打ちが異常なのだが。
もっと珍しいだろ、あんた。極めてレアリティの高い苗字を要求する燃絵流であった。
「疑うかい? まあ、そりゃあいいよ、いいけどさ」
私みたいなおっさんの個人情報を抜いて、何が楽しいんだい、若者よ。
それよりその、女の子のことの方が気になるね。
楽しい話が聞きたくてたまらないよ。
とか何とか、つらつら言い返す。
「……まあいいだろう、田中さんよ」
話を進めよう。
言いたいことは色々あったのだ。
公園での、木の怪物から襲われた、あの試験もたいがいだったが、たった一日の事柄でもある。
熱子とのかかわりは長かった。
燃絵流はそう感じている。
「ひどくないか? 電話のタイミングのせいもあったけどさァ」
「災難だったね」
言いながら目元は笑っている田中さんだった。
真面目な話は終わっているし、話は脱線していく。
まあ真面目な話といえるだろうか、いえたのだろうか……、異世界の話は。
どんな女なんだ、と男は聞いてきた。
直近で燃絵流がトラブった相手には興味があるようだ。
ああ、はい。
アレはもう、なんていうかね……。
「ちょっと聞いてくださいよォひどいんすよォ」
冷えたジョッキを握って持ち上げる燃絵流。
なんだかんだで、酒を出してくれる相手を無碍に出来ない燃絵流。
グイっと、ジョッキの中ほどまでを喉に流し込んだ。
汗をかいていたので、随分とうまく感じる。
あの『試験』は、運動とも労働とも取れないものであったが。
「ッ―――はあ。 まあ、キレやすい奴でしたよ」
……俺に言われたくは
酒をくれるなら喋るのもよいだろう。
「喧嘩になっちゃったんだ?」
「炒飯は焦がした。……まあ上司から電話が来て……色々とマルチタスクなことにはなって、まあ……俺は雑でしたよ、ハイ」
熱子にはこちらから話しかけたこと。
最初の頃は、もう何年も前のことだが目立つ女だったこと。
友達になれればいいな、くらいの軽い気持ちだったこと。
ナンパじゃねえよ!俺はそういうのはしないんだ!と一度キレる動作を挟む。
だはは、と笑うおっさん。
「よくよく見てみれば友達があんまり……って感じでよ、先生とか、そういう系の人たちとも仲良くなさそうでよ」
独りだった。
ま。あんな性格だったし友達いないのは自業自得だったんだけどよ。
俺は火属性だが、あいつはあいつこそが炎のようだったぜ、と燃絵流。
燃絵流は気にしないタイプだが、周囲からの評判もよろしくなかったそうな。
田中のおっさんは、飯を口に運びながら、それはそれは……と聞いていた、適当か。
やがて口を開く。
燃絵流は酔いが回ってきた。
「おっさん、こっちのターンだぜ、あんたは女に怒鳴られたことがあるか」
怒鳴られた、と発言。
内心、いまだにフラれたと認めたくない燃絵流であった。
「んん~?」
「どうだったんだい、ひとり、一人教えれるろ」
滑舌があやしくなる程度には目がとろんとしている燃絵流。
活発な性質の若者ではあるが、別段、酒豪であるとかそういうことはなかった。
相変わらず、楽しそうに若者を眺めるホームレスであったが、上手く言葉を返してこない。
「わたしは……まあ女に嫌われたことはあるがね、きっと嫌われているだろうなあ……」
昔話を思い出す風な、おっさん。
いろんな経験をした、仕事も転々と。
まあ根無し草だったのだろう。
だからだろうか、出会った人間の数はとても多かったと自負しているらしい。
誰かにこっぴどくフラれたか、もしくはこのおっさんがちょっかいかけたか。
「真っ先に浮かんだ―――のは、しかし、私をとても嫌っているだろう」
いる。
女はいるけれども、あの子が一番私のことを嫌っているはずだ。
そんな田中の思い出話。
そのあたりは少し老人染みていた。
燃絵流はテンポ良く、苛烈な女についての苦言をつぶやき続けた。
「別にさぁ、フツー女が料理するべきだって、言うつもりはねえんだよ―――でもさぁ、もうちょっとなんか……ホラ、あんだろう」
―――――――—————
「おっさんよ、旅が良いどうだのとか言っていたな」
「俺は―――困っている人がいたら立ち止まるぜ」
「ほほう」
良い心がけじゃあないか、わかったわかった―――と。
男のリアクションはそれだけだった。
「燃絵流くんよ、その熱子って言う
よほど困っていたんだね。
そんなに困っていたんだ、何に困っていたんだい。
「何に困って―――って」
燃絵流は表情を失う。
あのキレやすい女は困っていたかだって……。
そんなの。
「とにかく、なんか―――何にって―――?」
思い出したのは教室だった。
とにかく、あの女は一人ぼっちに見えたのだった。
状況的にはそれで十分ではないか、話しかけやすかったというのは、確かにあるだろうけれど。
それでいいのかよ、と感じた気持ちは本当だった。
面倒見がいいタイプかな、と田中は笑った。
「ま、冷たい人間になりたくはなかったんすよ」
思えば、それだけだったのかもかもしれない。
単なる燃絵流の心情。
あとはつらつらと、酔っ払いが
「あのなあ燃絵流くんよ―――オンナなんて星の数ほどいるぜ」
酒が入ってから、料理も次々に運ばれてくると、二人とも完全に時間を忘れた。
何か一言うたびにおかしくなって笑ってしまうような状況へシフトする。
「ぶはははははっ! ええっそしたら人口密度とかは? どうなんすか!?」
「町に行けばもう、ごった返してると思うよ、ああ、でもどの町かにもよるけどね」
「行っても大丈夫?いきなりモンスターの目の前とか勘弁な?腹減ったモンスターとかに食われたりしない?」
「安全は確保してやるぜ、ちゃんと公道に出るよ―――キミには頑張ってもらわないと困るからね、向こうで」
「そもそも日本よりも可愛い子いんの?」
「いるいる!いるに決まってんだろ燃絵流くんさぁ! えっ逆にサなんで? なんで日本で探してんの? なんか縛りでもやってんのっていうね?そういう縛り」
「するわけねえだろ、どういうことだよ!」
二人して顔を真っ赤にして笑う。
かっちーん、と酒とグラス、付き合わせる。
両者カラオケボックスですか、くらいの声量で笑い続ける。
田中のおっさんは、久々に楽しい飲み方をした、と言った。
酒飲み友達は同業者にいるらしいが、どうも相手の男はこういう場所を好かないとか。
まあ色々あるよな。
そもそもホームレスに酒屋に行く習慣はあるのか。
酒屋というか飲み屋。
ツッコミどころは満載だった。
「その代わり……!」
優しげな眼をしたおっさんが、少しばかり、その笑顔を消す。
笑みをひっこめた。
歳の差のせいか、どこか父親が子を見るときの目のようでもある。
「その代わり、死の危険はある……冒険だからね」
「……冒険だからな、そりゃあっ!」
燃絵流は応えた。
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