第14話 この世界は 2


 馬車で移動するモエル、ミキ、ミナモの一行。

 ミナモは無口であった―――というより、追手の警戒をしつつの馬の操縦が中心。

 そもそも馬の乗馬のことを操縦、というべきなのか知らないモエルだった。

 もとより、馬に触れる機会が少ない現代っ子である。

 馬車の荷台で、たまに地面の石などの起伏でガタゴト揺れる。

 こんなものは全く予想外の展開だ。


 ミキとの会話は、モエルにとっては探りを入れる意味合いがあった。

 この世界で、今までの自分の常識は一度捨て去るべきである。

 まっさらな状態だということを意識していた。

 どこだよ此処ここは。

 探りを入れないと、何もわからねえよ。



 かつての『燃絵流』としての自分を、一度やめよう。

 日本人だということも、いっそ忘れていい。 

 情報収集を兼ねてのこと、というかそちらの方がメインであった。


 ただ、そこでミキの口から出てきた勇者というワード。

 思わず聞き返した。


「勇者って、あの勇者か?」


「あの勇者。って言われてもよくわからないけれど―――とにかく私は勇者よ。そうよ―――仲間を集めて、魔王を倒すの―――そのために旅をしているのよ」


「ま、魔王を!」


「ええ、私は信じているわ、魔王がまだ生きて、世界のどこかに潜んでいることを―――そう信じているのはわたしだけじゃあない」


 ミキはぶつぶつと、止めどなく喋り始める。

 どうやら彼女の気に障ったようだが………。

 だからあんたじゃないと言っている。

 しかし―――、勇者だって?


「勇者なのか―――、あんた」


 勇者って、あの勇者?

 ミキは非常に長い沈黙をした。

 モエルにはそれがどういう意味なのか分からなかったが。

 まあ多少の事情はあるのだろう、そうなのだろう。

 様々な障害に、つまり、立ち向かいし者なんだろうね、勇者。


「……魔王が生きている可能性がある以上、睨み続ける者が必要なのよ」


「ま、魔王まで……」


 モエルはのけぞって驚いた。

 次から次へと、この世界で知った見知らぬ、そして聞き知らぬ存在。

 そんなものがあるのか。

 ミキは真っすぐにモエルを見つめた。


「なあに?怖い?魔王を倒して、この世界に平和をもたらすのが怖いの?」


「まさか!」


 魔王討伐!

 なんという、心が燃える響きか。

 知らない世界に来たことに戸惑いの渦中だったが。

 しかしこれだ、俺はこういうものを待っていたのだ。

 もっと教えてくれ!詳しく!

 そう詰め寄ったモエルだった。

 

 ミキの驚いた顔がかなり近くにまで迫っていたことに気づいたモエルは、ここで一度、我に返る。

 熱しやすく、冷めやすい―――。


「ああ、悪い悪い……」


 言って目を逸らす。

 馬車で揺られている今の状況が、一時的避難だと思い返す。

 なお、ミキの表情、眼光から気の強さを感じとった。

 自分の知る女と、同じではないが……似た性質の知り合いはいた。


「ミキ……さん。あとはミナモさんだったか。あんたたちとは何も、仲がいいわけじゃあなかったな―――ない」


 このまましばらくギルドの追手から逃げていく。

 それだけの関係のつもりだった。


「どっか適当な、町の近くで降ろしてくれ―――」


 目つきを恨みがましく、鋭く細めてから。

 ぷい、と視線を外すモエル。

 女は嫌いだ、嫌いになった。

 怖いのではない―――、あまりにも意味が解らないからだ。


 トラブルに巻き込まれ、精神が高ぶったことはあったものの、あの発言をいまだ取り消さないモエル。

 しばらく沈黙が続く。

 ミキもまた、モエルの演説を思い出したので、言葉をうかつに返せない。


 モエルは想う。

 世界こちらのことはわからない―――、本当にわからないんだ。

 さっきのこと、男たちを追い払ったのも、流れ、成り行きというか。

 ま、別に後悔はしていない。

 悔やみはしない―――様子を見る限り、一人も死んでないだろうし。


 むしろ一番気になるのは、この二人だ。

 成り行きで、逃げる目的で同行しているが。

 モエルは見つめ続ける、目の前の女剣士を。

 ミキはしばらくして、口を開く。


「モエル、あなたは……元の世界に、平和な国に帰りたくないの?」


「……いいんだよ、そんなの」


 女にはフラれるし、色々あるし。

 能力者だってだけで、白い目で見られるし―――そもそもあんなところ、暇すぎてしかたねえぜ。

 退屈な世界ではあったが、それでも、色々なことがあった―――そんな相反する気持ちだけはある。


「あんたさ、『ニホン』には帰りたくないの?」


「そりゃあ―――帰りたい、けど………」


 いや。

 あの故郷に、生まれ育った町に―――。

 何か愛着などあるだろうか。

 モエルにも家族はあった。

 ただ、その両親は、息子になぜ不思議な能力が発言したのか、調べはしたが最後までわからなかった。

 そこには長い苦労だけがあった。

 ……帰ってどうすんだよ。


「帰ってどうするんだよ」


 再び、沈黙。

 黙ったのは人間だけで。

 馬の足音に聞き入る。

 意外と、自然の音が心地いいと感じるモエルだった。


「モエルくん。 とりあえず、町に向かっているよ。追っ手はまだ見えない―――」


 ここで声を上げたのはミナモだった。

 ミキのような甲高さはない、少し低めの声色。

 親近感を覚えたモエルだった。

 低いが、温かな声色である。


「ゆっくり話したいこともあるけど、ボクらはね、ちょっと忙しいんだ。ごめんね」


「ん……」


 モエルは黙る。

 このミキとミナモに、事情あり、訳ありなのはなんとなくわかっている。


「はい」


 女は―――ミキは、手を出す。

 すっ―――と。

 俺の腹のあたりをめがけて、手を伸ばした。

 ええと、なんだこれは。


「え、なんぞ?この手は」


「何って、お金よ。リーデ!馬車代!ウチらの馬車の代金!町までは送ってあげるから、感謝しなさいよ!」


「……っはぁ?」


 俺は面食らう。

 こ、この女………!

 固まったモエルに、畳みかけるのはミキ。


「なによ、あんたの国―――『ニホン』では、馬車はタダで乗れるもんなの?」


「いや、馬車っていうか………ほら、タクシーとかさあ、それは、そりゃあお金が必要だけれど………いきなり金の話かよ!」


「払えないの?」


 なによ、あんたの国―――『ニホン』では、馬車はタダで乗れるもんなの?」


「そうじゃあない! 馬車っていうか………ほら、タクシー?は、そりゃあお金が必要だけれど………いきなり金の話かよ!」


「払えないの?」


 俺が右往左往―――ではないが狼狽えていると、ミキの目つきが険しくなる。

 うっ………なんだかこっちが悪いことをしている気になってきた。

 実際ただ乗りしているのは俺なので強く言えないのだが、で、でも………こんなの詐欺だ!

 クーリングオフできねーの?

 モエルは迷う、目が泳いだ。


「か、金はない!」


「はぁ?」


「い、いや………あるにはあるけど、千円札とか………でも『ニホン』のだから使えないかも」


「―――ああ!そ、そうか、そうよね………」


 俺の財布事情を察したのか、はたまた日本から来る者について知っていたのか―――ミキは落ち込んだようだ。

 本当の心境は定かではない。

 まあ雰囲気で俺に金の当てがないという事は察したのだろう。

 俺はカモられたという立場だったが、彼女の落胆を見ると、なんだかこっちが悪いことをしたような気になるのは何故なんだろうね。

 俺の方が困ってるよ。


「悪いな……金のことはよ」


「……いいわ。問題は一つ解決したし……」


 流れは乱雑だが、今、ギルドの追手から逃れることは出来た。

 ミキは息を吐き出す。

 溜め息というには、随分とさっぱりしたものだった。


「―――ま、町に着いたら、降ろしてあげるわ」


「………」


 現実から離れて、特別な世界に来ることとなったモエル。

 だが、こんなことになるとは。

 日本も厳しかったが、異世界もまた、厳しい。





 ―――――




 一方でミキは、モエルを見て思考を進めていた。

 炎を操る、魔導士。

 そしておそらくは『地の果ての人』———まだ真実だと確定したわけではないけれど。

 だとすれば自分たちの元々の行き先と、ある程度は同じになるだろう。

 それは間違いない。


 正直なところ、本心に従えばモエルは信用できるかはわからない。

 今日出会ったばかりの男に、自分のことを開示しても、全てを話すことはできない。

 それが私にとっての常識というものだ。

 モエルの性格性質は粗暴……あのギルドの面々と比べても。

 どちらかと言えば不安定な部分が大きい。



『伝説の芳香』あいつらとのいざこざは続いているし、戦闘力は高いに越したことはないか……。

 モエルへの金銭要求は、なかば本気であった。

 ここまで組織との不仲が続くとは予想外で……出費もこのところ続きっ放しだった。

 ギルドから、脱出は出来たものの……。

 話し合いで解決できる状況はもうなくなったようだ。


 いや、最初からなかったらしい。

 火属性の力か……文字通りの火力は、増えてほしい。

 馬車に置いておくべきか。

 ―――あの場所に、着くまでは。



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