第9話 馬車の音、冒険の訪れ 2


 罵倒しながら走っていった男たちは、おそらくの人間ではない。

 追い続ける燃絵流。

 燃絵流は馬こそなかったものの、純粋な走力で追い続けることが出来た。

 というのも、燃絵流に怒鳴った治安の悪い男ども―――粗野そや乱暴な輩たち。

 彼らは、馬車に速度を合わせている。

 

 事情を知らない燃絵流でも、彼らの目的が馬車にあることや、しかし友好的ではないという様子が見て取れた。

 貨物輸送用の、おそらく最新ではないものを、奪おうとしているのか……?

 まあ言ってしまえば、目に映るものすべての様子が古かったが……時代すらも違うのだろう。

 

 多すぎる間違い探しを見ているようだ。

 細かい点は追い追い、わかっていくこととしよう。

 とにかくモエルは追いかけた。

 人間だ、情報を得よう―――。

 これを逃がしたら中々に痛いと思われる。


 馬車と走っている馬……車なんて遠くにすら見えない。

 世界が違うどころじゃあないのかよ。

 違う世界に行くなら行くで、情報収集はしなければならないだろう。

 町すら見つけることが出来ないのでは食うことも出来ない。


 まずいな、今日食べるもののアテがない状態である。

 生命活動レベルで、もしかして大ピンチか……?

 とにかく、人についていく、いかないと……。

 そうすれば他にも人がいて―――、いや、町があるはずだ!

 それさえ見つけて達成してしまえば、何かしら衣食住が可能。

 可能だといいな。

 今のこの、野ざらしの状態の自分は、つまり遭難しているのと大差ない。

 このままではマズイ。


 燃絵流は懸命に走り前の争いを追う。

 馬たちは、どうも馬車に、近づけないようだった。

 一定の距離を保って、声を上げつづけている。


 ――――


 ウルリーは女騎士を追いかけていた。

 この馬の走力なら、あんなオンボロ馬車には楽勝で追いつける。

 並の商人の者だろう。

 仲間がミキの村抜けに気づかなければ、危なかったが。


 ―――おのれ、ミキ、余計なことをしやがって。

 このまま王都の方にまで行かれることはまずい。

 俺もまずいし、お前もまずいだろう。

 何の得がある……。


 ギルドに入団しているみんな―――、仕事を受け持って生活している。

 だがそれは信用があってこそだ。

 何十人という人間がそれで満足しているんだから横槍を入れるんじゃねえよ。

 わがまま女の好き勝手をさせて堪るか、いくら勇者の娘だからといって―――新入り。

 『伝説のギルド』が……外部の人間に荒らされた、しかも新入りの女だって?

 こっちもたまったものじゃない。


 まず、馬車を止めさせる。

 そうするしかない、だがあいつがおとなしくなる様子は一切無い状況だ。

 ていうか剣を抜く気満々、一触即発だ。


「ウルリー!」


 呼ばれて、仲間を見た。

 手を前に伸ばして動かし、何かを示している。

 ミキの馬車の前に出て―――立ちふさがり、止めるつもりか。

 俺は右手のひらを上げて応えた。



 ―――――———————


「……○○!」


「○○〇……ッ!」


 言い合っているが聴こえない。

 追われている側と、追う側がいる。 

 燃絵流は様子を見て、揉めていることだけ理解した。


「こんなことまでして、野盗にでもなったつもりなの!?」


 強く言い返した側の声は、女だった。

 遠くて、正確には聞き取れないが。

 やはり馬車を妨害している男と、馬たち。

 そう思った矢先、ついに彼ら―――女もいるが、は速度を落としていく……。


 女は馬車の荷台から降りた。

 身のこなしも速いが、刺すような勢いの声だった。

 腰の柄に手を掛ける。

 金属質な―――防具を着こんでいる。


「おとなしくしてもらうぜ、アンタもよ」


 馬車の前方でも声がする。

 男が回りこんだ。

 これで止めれる算段というわけか。

 そっちの方の人間……馬の手綱を握っている女も脅されているらしい。


「ミキ……お前がギルドを抜けるのは許さねえ!」



 ――――———————



 ウルリーの馬は、速度を上げる必要がなくなる。

 ミキを止める段階は上手くいきそうだ……。

 だが自分が加勢せねば。

 

「それと……!」


 問題だ。

 追加の……問題だ。

 背後を振り向くと、走ってくる男がいる。

 さっきのでまだ追いかけてくるとは何事だよ……、こっちは忙しいんだ。


 何気に足が速いぞ、あいつ。

 上げた前髪のせいで全力疾走の必死な形相が見える。

 なんとなくだが面倒臭そうなニオイがする。

 

 今日は防具を着こんで重量が増していることが災いした。

 微妙に追いつかれそうな距離感が続いている。


 仕方ない、いったん速度を落とし、馬に蹴ってもらうか。

 そうした方が歯切れは良い。

 当てる気はねえ、ちょっとばかし脅かしておくだけだ。

 剣を抜く必要まではないはずだ。

 こっちも生活が懸かっていて必至だからな、今まさに―――。


 ウルリーはいま一度手綱を握りなおして、掲げた。



 ――――———



 燃絵流は走りながら考える。

 馬に乗っている人。

 この世界には車や電車の類は存在しないと、

 噎せ返るような大自然の香りに包まれながら、完全に理解する。

 本当に別の世界だ、と。

 先ほどまでの、罵倒された扱いに怒りと、……やがて困惑が沸いた。


 奴らのあの服、金属が布状について、それが複数人だからシャリシャリと鳴っている。

 異様な装備だ。

 革を基調として、背中等、のっぺりと、金属を張り付けてある。

 いっそのことダサいファッションだとも感じた燃絵流だった。

 初めて見る質感。

 しかし妙な……ダセェ服だ、それ以前に、全体的に土汚れがある。

 

 だが明らかな場違いは自分……だということに、この時点で気付くことが出来ない。

 中世の鎧だ―――とは、思う。

 それに近い。

 この世界の着衣なのだろうけど、令和日本との、激しい違和感を覚え続ける。

 じっくり観察したい、なんていうか……そういう時間さえあればな。


 近いうちにこの、現地人との会話を試みる。

 そういった意思を持ち始めたころ、前の馬が速度を落とし始めた。

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