第2話 炎のような失恋
溶き卵が絡んだ米の上で、塩をまぶすようなジェスチャーをする彼は、料理に熱中している。
事情を知らぬ者が一見しただけでは、普通の快活な若者であるように映るだろう。
額に汗がにじみ始めた彼の口元は、調理の順調さに
順調、順調。
それどころか、いつもよりも好調な様相である。
俺史上最高の傑作になるか?
「うぬうううゥ~~~!」
炒飯を睨みながら、指でまぶす仕草を変化させた……一連の奇行に連動し、炎がゆらりゆらり、球鍋の底を舐めている。
炎だけがリアクションを返してくれていた。
炎。
指に連動して、チロチロと火力が上下した。
彼は常日頃から、炎を操ることが出来た。
その日の調理に際し、精神エネルギー、想いのみで火加減の調整を行なっているのだ。
目的は美味しい炒飯を作ること。
……というのもあるが、日々の電気、ガス料金の節約である。
少ない炎をフライパンに対して効率的に当てている。
集めている。
炎はまるで子供が背伸びをするような動き。
必死さがある。
地道、精密な作業が終わりを迎えていく……。
「はぁいッ! オレ流のフレイム炒飯の
思わず、高らかに声を上げる。
じゅわぁッとフライパンから音が鳴った時、スマートフォンが振動した。
「ああッと――!? このタイミングで電話!」
カチン、とコンロのつまみを『切』にやる。
カン、と料理に蓋を押し付ける。
スマートフォンを手に取り、右耳に押し当て、会話を開始する。
「もしもぉし」
向こうから、女の声が始まった。
何事かを話してくる。
「ハアッ! もしもし―――あ、ハイああ―――え、今からっすか。え、イヤだってこの前もホラ出て……ええっ!?そんなんなってんすか! イヤイヤイヤ無理ですもん!今日はダメだって店長にも言いました―――はい、ええ。もう切っていいですか。ダメ?今日はあいつが出るんじゃないんすか。え?お腹痛い? そんな
ぁーでも、 あいつ流石に緩すぎないですか、二週間か前にもありましたよね」
~五分後~
「あ、はあマジすかッ! 日本勝ったんスか。あ、マァジすか! え、それって
~五分後~
「あっははは! え、マジ面白そう! 今度見てみまっす、ハイ―――ふははははっ!やめてくださいよ勘弁してくださ―――え?いや、今日見ろ? 今日は―――どうかなあ、だって」
「ちょっと!いつまで話してんのォ!?」
電話以外から、女の声が
ご立腹である。
「やっべハイこれで終わりっす切ります、先輩、何とかなりそうならかけなおしますンで! お疲れさまーっす!」
談笑を足早に終えて電話を置く。
彼は一息ついてから、フライパンの蓋を開けた。
「よおし―――炒飯完成改めて、セカンドテイク! ……ってぇええええええ!?」
驚愕する燃絵流。
ブスブスブス、と炒飯から音がする。
煙が立ち昇っていた。
火が消えていないのだ―――いつから!
「ふぬううう……!?」
コンロは消えていても炎を無意識で保持してしまっていた。
通常の人類には不可能な芸当だ。
火加減は彼の能力に従うものである。
自然、その彼のテンションが高ければ火は活き活きと燃え続ける。
ガス代ゼロで料理をしたいなあという彼の日常の想いが、無意識に発現していた。
「……!」
黒い。
崩れた泥団子のような色合いになってるものがそこにはあった。
燃絵流は台所を見回し、手に取った醤油を廻しかける。
何かしらで冷やそうという想いから液体をかけてみたのだが……手が動いてから賛否が生まれた、自分の中で。
蒸発音と、香ばしい匂いが立ち上る。
ごまかしは効いたか!?
しばし、換気扇の回る音のみになり、彼は黙った。
「……これでなんとか」
電話に意識を取られていたとはいえど、ミステイクの、残骸……。
黒くても、まだ何とかなるはずだ。
匂いはいくらか焦げ臭さが消えた。
いける、いける。
これはこれで美味しいよ、と説明すれば彼女は受け入れてくれるはずだ(実際お焦げは美味しいのである)。
燃絵流は、ハムが苦手だった。
ねちょねちょするような食感が好かないのだ。
しかしながらベーコンに発生した焦げ目の部分が、たまらなく大好物であった。
そう、今回のこれは、美味しさにつながるはずだ!
それは間違いない。
「おーい」
炒飯できたぜ、とリビングに向けて声かけた。
スマートフォンをいじっている女は顔を上げる。
皿持ち、部屋に入ってくる燃絵流を見た。
「へい、お待ちぃ!」
努めて笑顔を取り繕う男は、もうちょっと水を足してみたりすればよかったかな、などと取り留めのない想いを続けている。
脳内右往左往な彼を、視界に入れた女。
目力強く、反骨心を隠そうともしない。
気が強そうな女だった。
その気性は、けっして炎に負けない性質である。
果たして、炒飯二皿がテーブルに並べられた。
女は唇を半開きにして、歯を食いしばった。
「マジで信じらんない―――あんたよりもガスコンロのほうがマシよ!」
ダークマター然とした料理を前にして、女の額には
彼女はご立腹。
あとは腹も減っていた。
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