剣士、福田(14)

古川

福田


 学校一の剣士であることを隠している福田くんは、その類まれなる実力のわりには平凡な見た目をしている。

 刀を握った時の顔が、特に目が、死ぬほどかっこいいことを知っているのは私だけで、だから私は福田くんと仲良くなりたいと思った。


 孤高の剣士であるからして福田くんは普段から感情を表に出さず、すべての内面が謎だった。だから何に興味があるのかも謎で、私はなかなか福田くんの心を引き出すことができなかった。

 今日の天気、好きな食べ物、嫌いな先生、おもしろ動画情報。私が何を投げ掛けても、福田くんはどこか遠くを見たまま薄く相槌を打つだけだった。


 一向に手応えのない日々のとある放課後のこと。校庭を横切った猫を見た福田くんの表情がふわっと柔らかくなった瞬間を私は見逃さなかった。

「福田くん、もしかして猫好き?」

 うん、と福田くんは頷く。これまでにない深い肯定。一瞬だけ確かに結ばれる目の焦点。すかさず私は、懐に飛び込む暗殺者みたいな速さで言う。

「うち猫飼ってるよ触りに来てデブだけどかわいいよ来て」

 福田くんは少しだけ迷ってから、うん、と頷いた。


 ほんとに、福田くんがうちに来た。うちのデブ猫トラ太は持ち前の人懐っこさで速攻で福田くんにじゃれついてゴロゴロと膝の上にのった。福田くんは焼かれた餅みたいに、ふっくらほくほくという顔でトラ太を撫でていた。

 あの剣士が。あの、刀を構えた瞬間、目に映るものすべてを斬り倒さんばかりの福田くんが、うちのデブ猫相手にこんな有様になってしまうなんて。


 私はこうなることを期待していたはずなのに、むしろ期待以上の結果が出ているというのに、あっさり陥落してしまった目の前の福田くんに妙な申し訳なさを感じる。もう、言おう。


「私、掃除の時間、福田くんが仮想の敵を斬ってるところ、見たよ」

 懺悔するみたいな気持ちで言った。福田くんは飛び退いた。膝のトラ太が落ちて、んにゅっ、とうめいた。

「箒、ううん、刀の先がこう、しゅって、すぱっ、て斬るところ、すごかった。踏み込みに一切迷いがなくて、豪快なのに繊細な太刀筋で、空気ごと切り裂くみたいにして次々と敵を斬っていって。そして最後は静かに刀を鞘におさめて、何事もなかったかのように去っていく。めちゃくちゃかっこよかった……!」


 福田くんはぬわわ、とか、ほわわ、とか言い出して、破裂寸前の焼き餅みたいな顔になってから、ありがとう、と小さく言って、ぷしゅーっと息を吐いた。その後、小さくなったままそそくさと帰っていった。

 いきなり喋り過ぎたかもしれない。仲良くなれた、かはわからない。でも、近付けたのは確かだった。


 校舎三階の廊下掃除、その隅にある窓から見える校庭の隅の松の木の間。福田くんが剣技を磨くその場所を、私はそれ以降も見守り続けている。

 福田くんは時々ちらっとこっちを確認することがあって、私は集中を邪魔しないようにすっと頭を引っ込めるようにしているのだけど、猫が好きということ以外は謎の福田くんが、どんな気持ちで箒、いや、刀を振っているのかはわからない。

 大事なのは、福田くんが最強の剣士であるということ、それだけなんだと思いながら、刀の先が光るのを見ている。

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剣士、福田(14) 古川 @Mckinney

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