Fallen Angels ~堕ちた天使たちと漆黒の空~

日乃本 出(ひのもと いずる)

第一章 双子の少女と漆黒の世界

森の中――褐色の少女たち


 森の中――天空全てを覆う黒雲から、わずかに透けて射す弱々しい光すら届かぬほどに、原生林のような木々が鬱蒼うっそうと生い茂る――暗い、暗い、森の中。

 そんな森の中に、淡く柔らかな光を放つ光球が二つ、辺りを頼りなく照らしながら、ふよふよと浮かんでいた。


 その二つの光球が照らし出す下には、二人の少女の姿があった。

 同じ顔を持ち、同じ褐色の肌を持ち、同じ背丈を持ち、同じ白銀の長髪をたずさえた、二人の少女。


 少女たちは、双子であった。


 特徴的な腰布を垂れさげた露出度の高い服をまとい、露出度の高さをさらに際立たせる抜群のボディスタイル。だがその背には、その妖艶な見た目と細腕には不釣り合いな、二本の長剣ロングソードが背負われていたのであった。彼女がこの双子の姉であり、踊り子をしている少女――名は、レミリア。


 姉とは対照的に、露出度が控えめな格式高く見える民族衣装で、これまた姉とは対照的で控えめなボディスタイルをつつみ、その背に様々な楽器を詰め込んだ大きなリュックを背負う、姉の踊りの演奏を担当している演奏師である――妹のエミリア。


 二人は、方々の町を渡り歩きながら芸を見せて糧を得る、旅芸人であった。


 そんな二人がなぜ、このような森の中を歩いているのかというと、この森を抜けることが次の町への近道だという情報を聞きつけ、早く次の町に行きたいとレミリアが駄々をこねたので仕方なく森を抜けるルートをとることになったからである。


「ねぇ、エミィ……まだ森を抜けれないのぉ……?」

 気だるそうな声で訴えかけるレミリア。


「そんなこと私に聞かれてもわからないわよ。そもそも、私は森を抜けるのには反対だったのに、姉さんが早く次の町に行きたい行きたいってうるさいから……」

「だぁ~~~ってぇ!! あぁ~~~んな面白くもなくて、実入りも悪い町にいるなんて、耐えられないもぉ~~~ん!!」


 ぶぅ~~! と頬を膨らませてわめくレミリア。


「姉さんはそうかもしれないけど、私はあの町が気に入ってたの。静かで、穏やかで、水は綺麗で人々は優しくて……。もし私たちが旅を終えるのだったら、あんな町がいいなって思えるくらい、私は気に入ってたの。だから、もう少し滞在していたかったのにそれを姉さんが――――」

 エミリアのボソボソとした小言にムスッとした顔をするレミリア。


「あんな変化も刺激もない町のどこがいいのよぉ~~!! もし旅を止めたとしても、お姉ちゃんはあんな町にだけは絶対に住みたくないもんっ!! あんな町に住んでたら、すぐにおばあちゃんになっちゃうぞぉ~~!!」

「はいはい……わかったから、黙って足を動かしてよ姉さん」


 はぁ~~い……と、小うるさいエミリアの言葉に従い、渋々といった体で黙って歩くレミリア。


 だが、黙って数秒もしないうちに、

「ねぇ、まぁだぁ……?」

「まだよ」


 ふぁ~~い……と、言ったかと思うと、また数秒もしないうちに、

「ねぇ、まぁだぁ……?」

「まだだって」


 ふぇ~~い……と、そしてまた数秒もしないうちに――――、

「ねぇ――――」

「しつこいわよ姉さんっ!! まだだって言ってるでしょっ!!」


 レミリアのあまりのうっとおしさに、普段はおしとやかで優しいエミリアが息巻いてみせると、姉も負けてはおらずと、

「なに勝手にキレてんのよエミィ!! お姉ちゃんの話は最後まで聞きなさいよぉ!!」

「どうせ、まだ抜けれないの、まだ抜けれないのってことでしょ?!」

「ちがうわよぉ!! お姉ちゃん、お腹すいたって言おうとしたのぉっ!!」

「お腹すいたって……森に入る前に力をつけよ~とかいって手持ちの食糧を姉さんが全部食べちゃったじゃない!!」

「うっそだぁ!! あれっぽっちで全部だなんて……エミィ、さてはお姉ちゃんを騙そうとしてるなぁ?!」


 頭上の光球を自分の顔に近づけ、じとぉ~~っとした目つきでエミリアを疑うレミリア。ちなみにレミリアの意のままに動いているこの光球は、レミリアの魔力によって生成された光球である。


「そんな得にもならない嘘なんてついてもしょうがないでしょ!!」


 負けじと自分の光球を顔のそばへと近づけて、目をつりあげてレミリアへと言い返すエミリア。


「い~~やっ!! 絶対嘘だっ!! 後でお姉ちゃんが見てないところで一人でご飯を食べようって思ってるに違いないんだっ!! そんなこと、お姉ちゃんは許さないぞぉ!!」


 そう言うが否や、エミリアが背負っているリュックへと飛びつくレミリア。


「ちょ、ちょっと、姉さん!!」

「この中に隠してるに違いないんだぁ~~!!」


 リュックをひったくり、妹から少し離れたところまで持っていって、リュックの中をガルルルル!! と飢えた獣のようにまさぐりはじめる姉。それを、はぁ~~……と極大のため息を吐きながら見つめる妹。


 レミリアがリュックの中身をどんどん外へと放り出していく。横笛、ギター、小さなドラム…………やがて、リュックの中身を全てひっぱりだしたところで、

「ないじゃなぁ~~~~~いっ!! なぁんにもないじゃなぁ~~~~いっ!!」

 と頬をふくらませながらエミリアに文句を言えば、


「だからさっきからそう言ってるでしょ?! もうっ!! せっかく、運びやすいようにきっちり詰め込んでたのに、全部出しちゃって……」


 エミリアがこれ見よがしに肩をすくめながら、レミリアのそばへと歩み寄る。そして、レミリアが引っ張り出してしまった楽器を、また丁寧に詰め込み始めたところで、

「うわぁ~~~~んっ!! お腹すいたぁ~~!! お姉ちゃん、もう一歩も動けないぃ~~~~~~っ!!」

 と、レミリアが地べたに寝転んで駄々っ子のように、手足をバタバタとさせながら文句を言い始めた。


「そんなこと言ったって、ないものはしょうがないでしょ?」


 まるで、子供を諭す母親のように言うエミリア。


「お腹すいたもん~~~!! お腹すいたもん~~~!! 何か食べさせてくれなきゃお姉ちゃん、一歩も歩いてやらないんだもぉ~~~~ん!!」


 ぴぃ~ぎゃ~~と森中に轟くような大声で駄々をこね続けるレミリア。そんなレミリアのお腹の具合を証明するかのように、レミリアの光球がぴこーん、ぴこーんと点滅を繰り返してエミリアへと訴えかけていた。


 はぁ……こうなると、何か食べさせてあげなきゃ、本当に姉さんは一歩も動いてくれないだろうなぁ……。


 手間のかかる姉をもった妹の嘆きはレミリアには届かず、レミリアはますます激しくジタバタと駄々をこね続けていた。


「もう……わかった、わかりましたっ!! 何か食べれそうなものを探してくるから、姉さんはここで荷物を守っててちょうだい」

「ほんとぉっ?! うんっ!! 待つっ!! さすがはエミィちゃん♪ お姉ちゃん、こぉ~んなできた妹がいてくれて、ほんっと助かるよぉっ♪」


 キラキラとうるむ瞳をエミリアに向けるレミリア。


「はいはい……。じゃあ、少し周りを見てくるから、ここでじっとしておいてね」

「動けって言われても動けないよぉ……エミィ、出来るだけ急いでねぇ……」


 安心して気が抜けたのか、急にしおらしくなってぺちゃんっ、と倒れこむレミリア。そのお腹からはぐぎゅるるるるるる……という、すさまじい腹の虫達のオーケストラが奏でられていた。


 うん、急ごう。急がないと、お腹がへりすぎた姉さんが何をしでかすかわかったものじゃないわ。


「ベロイヒテン――――」


 両手を広げ、誰にでもなく呟くエミリア。すると、両手から新たな光球が二つ現れ、もとからあった一つの光球のそばへと二つの光球が飛んでいった。三つの光球によって、さらに明るくその身を浮かび上がらせながらエミリアは、


「すぐ、戻ってくるから――――」


 と言い、いそいそと食料調達のために周囲の探索へと駆けて行った。レミリアは去っていくエミリアの背を見ながら、


「はやくぅ……お姉ちゃん……お胸と背中がくっついてエミィみたいになっちゃうよぉ……」


 ボソリとつぶやいた。すると、駆けて行ったはずの妹エミリアが全力疾走で戻ってきて、レミリアのほっぺをひっつかんでみょ~~~んと伸ばしながら、


「姉さんッ!! 今、なんて言ったのッ?!」


 オーガの形相になって怒るエミリアの姿に、レミリアはあわてて、


「いひゃいっ!! いひゃいよぉっ!! おねえひゃん、ひゃにもいっへにゃいよぉっ!!」

「嘘おっしゃいッ!! 確かに聞こえたわよ姉さんッ!! 私がペチャパイだって言ったでしょッ!?」

「ほっ、ほんにゃほほいっふぇひゃいもんっ!! ふぇも、ほめんっ!! ほめんっふぇばぁエミィっ!!」

「なんで謝ってるの姉さんッ?! 謝ってるってことは、言いましたって白状してるのと一緒よッ!!」

「ひゃ~~~んっ!! ほめん、ほめんっふぇばぁ!! おねえひゃんがわうかっはから、ゆうひへぇ~~~っ!!!」


 ほっぺをゴムのように限界まで伸ばされ、涙目になって謝るレミリア。


 ふんっ!! とレミリアのほっぺから手を離すエミリア。伸びきったほっぺがぱちぃ~んと元に戻り、いひゃいっ?! と声をあげて、赤くなったほっぺをあうあうとさするレミリアに、


「今度言ったら、もっとひどいからねッ!!」


 と捨てゼリフ残して、今度こそエミリアは森の中へと食料調達に駆けて行った。


「もぉ……それもエミィの魅力なのにぃ……」


 わかってないんだからぁ、とぼやくレミリアの後ろの木々の間から、何やら何者かがガサガサと木々を分け入ってくる音が聞こえた。


「うぅ~~~~ん……?」


 音のしている方へと振り向くレミリア。すると、暗い木々の間から――――、


「ギャァァァァァァァッ!!!!」


 といういななきをあげながら軍鶏しゃもを巨大化させたような怪鳥が、レミリアへと襲い掛かってきたのである。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ?! エミィィ~~~~~っ!!」


 森全体の木々を揺さぶるほどの悲鳴だった。その悲鳴は当然、木の実を採取していたエミリアの耳にも入った。


「姉さんっ?!」


 採取した木の実をポケットの中に押し込み、レミリアを置いてきた場所へと急いで引き返すエミリア。


 姉さんっ!! 無事でいてっ!! お金にがめつくて、食欲が尋常じゃなくて、男好きのくせに男運がなくて、酒癖も悪くてギャンブル好きな姉さんだけど…………それでも、たった一人の私の姉さんなんだからっ!!


 さっきのペチャパイの仕返しか、心の中でありったけのレミリアの悪口を並べ立てるエミリア。一見、仲が悪いようにも見えるが、なんだかんだでこの姉妹は双子ということもあってか、超がつくほど仲は良いのだ。上っ面は仲良しでも陰口をたたき合うような陰湿な間柄なんかより、悪口を互いに面と向かって言い合える仲のほうが、あとくされもなくあっけらかんとしていいものだ。


 何度もつんのめりそうになるほどに、急いでレミリアの元へと駆け付けるエミリア。そして、レミリアのいたところへ戻ると、そこには――――、


「見て見てぇエミィっ♪ お肉が自分から突っ込んできてくれたよぉ♪」


 背中の長剣でもって怪鳥を一太刀で斬り伏せ、斬り伏せた獲物の上で嬉しそうに飛び跳ねてはしゃいでいるレミリアの姿があったのだった。


「もう……心配させないでよ姉さん」

「ごめんごめ~~ん♪」


 レミリアはぴょんっと怪鳥から飛び降り、怪鳥へと向かって振り向きざまに、


「フェアブレンネンッ♪」


 と、手をかざして弾んだ声で言い放った。すると、レミリアの手からボォッ! と炎が巻き起こり、その炎が怪鳥へと向かって飛んでいき、怪鳥の身体を炎で包んだ。レミリアはそれをよだれを垂らしながら満足そうに見つめ、エミリアに向かって、


「ねえねえエミィ~~、収穫はどうだったぁ?」

「はい、この通りよ」


 ポケットから木の実を取り出して見せるエミリア。


「きゃんっ♪ ナァイスタイミングじゃなぁ~い♪ ルラの実はね、お肉の香辛料としてバッツグンなんだよぉ♪」


 エミリアからルラの実を受け取り、長剣の柄で実を割るレミリア。割ったルラの実を、怪鳥の全身にまんべんなくかかるように、両手でわっ! と撒き散らす。


「ふぇ……ふぇ……ひっくしゅんっ!!」


 ルラの実の粉末が鼻に入り、くしゃみをしてしまうレミリアに、


「まったく……はい」


 ポケットからハンカチを取り出して手渡すエミリア。レミリアはそれを受け取りながら、


「ありがとっ♪ それにしても、エミィのポケットってほんっと便利よねぇ~。必要な時に必要なモノが的確に出てくるんだからぁ」


 ち~~~んっ!! と鼻をかみながら言うレミリア。


「私をそんな便利グッズ扱いしないでよね……」


 肩をすくめ、レミリアからハンカチを受け取るエミリア。


「いいじゃんいいじゃん~♪ それだけお姉ちゃんは、エミィを頼りにしてるってことなんだからぁ♪」


 むぎゅ~~っとエミリアに抱きつくレミリア。


「も、もうっ! しょうがないんだから……」


 とか言いつつも、頼られてまんざらでもない表情を浮かべるエミリア。そんなエミリアに、レミリアが抱きついたまま、


「ところでエミィ。次の町ってどんなところって言ってたっけ?」

「うん。なんでも、今どき珍しい町だって言ってたわよ」

「今どき珍しい――ねぇ……」


 ふ~~ん…………と、レミリアは鼻をならして、


「でもさぁ、わたしたちより珍しいものなんて、なっかなかないんじゃない? お肌は珍しい褐色肌で、しかも双子でさらにはみんながらうらやむ美少女姉妹――そんなわたしたちは、明日をも知らぬ旅ガラス……こぉ~んな変人姉妹より珍しいものなんて、あるのかなぁ?」

「ふふっ……確かに、姉さんの言う通りかもね」

「でしょ~? まぁ、お姉ちゃんとしては、おいしいお酒とおいしい食べ物がある町だったらなんでもいぃ~んだけどねぇ~♪」

「それに、良い男――でしょ?」

「さっすがエミィちゃん♪ よくわかってるぅ♪」


 そんなとりとめのない会話を交わしながら、怪鳥が食べごろに焼けるのを待つ姉妹。


 果たして、次の町は、この姉妹にとって良い出会いが待っているのだろうか?

 大きな希望と、かすかな不安を胸に秘め、姉妹は次の町へと思いをはせるのであった…………。

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