幼馴染はスーパーヒーロー。そしてわたしは……。

清水裕

第1章 正義の味方のお隣さん

第0話 はじまり

 少女――星空ソラは自分が何者なのか分からない。

 本当の名前も、家族も、何処に住んでいたのかも、友達も、すべてが分からない。


 10年前、この世界を侵略しようと企んでいる悪の組織『ウルヴァッド帝国』の怪人が暴れまわりボロボロとなったある街にあるビルの瓦礫の中からキズだらけの状態で7歳ほどの身長をした少女が後処理を行っていた防衛軍の兵士により発見され、関東県内で『ウルヴァッド帝国』の怪人が侵入できないバリアが張られているヒアサシティの総合病院へと移送された。

 初めはその街の住人だと思われており、治療が終わり次第家族のもとへと返されるはずだった。

 ……しかし治療の過程で受けた精密検査によって少女にはこの世界の人間が産まれた直後に埋めこまれる自身の管理情報が刻まれたチップが体内にないことが判明し、治療を受けている少女が何処の誰なのかもわからなかった。

 なので防衛軍が出した結論として、静かにベッドで眠る少女は『ウルヴァッド帝国』からなんとか逃げてきた帝国内で暮らしていた異世界の人間ということとなった。

 結果、少女が目覚め次第聞き取りを行って『ウルヴァッド帝国』の情報を引き出そうということとなり……数日後、目覚めた少女に話を聞くこととなった。

 だが、目を覚ましたとき……包帯が巻かれて痛々しい姿の少女は何も覚えていなかった。


『はじめまして、私は防衛軍の情報局の者です。キミはウルヴァッド帝国が暴れまわって破壊された建物のなかで傷だらけで倒れていたんだ。何か覚えていることは無いかな?』

『そう、なのですか……? あの、わたしって……だれ、でしょうか?』

『……ウルヴァッド帝国、防衛軍、地球戦士アーススリー。この中に少なからず覚えがある単語はないかな?』

『…………すみません。ありません』


 情報を引き出そうと目覚めた少女の聞き取りを行った情報局の男性は、本当に少女が何も知らないというのがわかったと当時の調書には書かれていた。

 自分が何者であるかも知らず、ウルヴァッド帝国を知らず、さらにはウルヴァッド帝国から地球を守ってくれている正義のヒーローである『アーススリー』の存在すらまったく知らなかった。

 それからしばらくの間はふとした拍子に記憶が戻らないかという淡い期待を抱きながら経過観察が行われたが……その過程で行われた検査結果により肉体も見た目通りの普通の人間と確認され、知識に若干の違和感が見られたが異常はないと判断された。

 若干の違和感は少女に近年覚えていることはないかと聞くと、他国の大統領の名前を口にしたりしていたが……一文字違いとかそんな感じのもの。

 つまりは一日一回、情報局の職員が顔を出し何か思い出したかと話しかけてくることに怯えているからかベッドのうえで不安そうにした少女は見た目通りの少女であった。


 しばらく経って、ケガが完治した少女は防衛軍を退役し孤児院を設立した老人の元に送られ、そこで半年間よく似た境遇の子どもたちとともに暮らしてから……病気によって子供ができずに悩んでいた星空家の養子として出された。


『はじめまして、私たちがきみのお父さんとお母さんになるんだけど……いいかな?』

『はい。あの……よろしく、おねがいします』

『そんな他人行儀な言葉なんてしないで……って言っても無理よね。何時かは普通に接してね』


 元々はどんな性格だったのかは分からない。けれどやさしく微笑む星空夫妻へと少女は遠慮がちに頭を下げた。

 そして少女は孤児院を離れ、星空家の養子となり……名前は彼女が覚えていた『ソラ』という単語を選んでくれた。

 もしかすると『ソラ』は彼女の本当の名前なのかも知れないが、誰にも真実は分からない。当然彼女自身にも。


 ……こうして、星空ソラは自身に若干の違和感を感じながらもこの世界に溶け込むこととなった。

 けれどそんな彼女には誰にも言えない……いや、言っても信じてもらえないような記憶がおぼろげにあるのだ。

 その記憶では日朝市という土地で悪い組織が何かをするために、無差別に人の心の闇を何らかの方法で利用して巨大で真っ黒で奇妙な存在を創り出し、それに指示を出して操っているであろう三人の幹部がいて、それらと対峙する四人の少女たちがいた。

 ひらひらとした可愛らしい衣装に身を包んだ可愛らしい印象の少女たち。

 顔は……ノイズが走ったように見えない。


『――――っ!』

『~~~~~~~~♪』

『………………!』

『……――……~~!! ~~♥』


 少女たちは自分の10倍もある奇妙な真っ黒な存在を殴ったり蹴ったりの戦闘を行い、ときには拳やファンシーな武器を使ってそこから光線を放って真っ黒な存在を倒して……いや、浄化をしていた。

 何故浄化だと思ったのか、それは彼女たちが殴る蹴るを行って敵に大ダメージを与えてからのトドメの一撃とでもいうように放たれたビームが真っ黒で奇妙な存在へと命中する……と徐々に黒いヘドロが外側から剥がれていき、最後にはそれが剥がれて綺麗な真っ白な何かになって、心の闇を利用されて倒れていた人の中に戻っていくのを見ていたからというのと、真っ白なそれが体の中に戻ってしばらくすると倒れた人が起き上がり……鬱屈とした表情は無くなり、すごくすっきりした表情を浮かべていたから。


 それを見届けてからまるで大勝利! と言わんばかりに活発な赤い少女が拳をかかげて笑い、それを見てお淑やかそうな青い少女が口元を隠して笑う。

 そんな二人を見ながらやれやれと腰に手を当てながら呆れている黄色い少女。けれどそのやり取りが楽しいからか口元が笑っている。

 最後に緑の少女が、浄化された場所から何かを拾っていた。

 そんな様々な様子を見せる四人を見ながら、ソラ自身も笑っている……気がした。

 きっと、個性豊かな彼女たちはソラの仲間だったのかも知れない。

 ではソラは正義のヒーローだったのかと聞かれたら、そうだと答えることができなかった。だって覚えていないのだから。


 そして記憶のノイズが段々とはげしくなっていき、見えていた記憶が徐々に霞が買っていく。


『…… ―― ……!』

『―― ―― ……!』

『…… …… ――!』

『―― …… ――!』


 誰かが何かを言っているけれど、声も聞こえない。顔も……わからない。

 それに対してソラも何かを言っているのかも知れないけれど、それも分からない。

 そんな光景が続き、最後には視界を埋め尽くす激しい白くて黒い眩い閃光と全身を襲う激しい熱さと強烈な痛みが襲う。

 きっと最後に受けた痛み。その痛みの記憶は刻み込まれているからか、忘れていない。

 だけどそんな痛み以上に……記憶のなかで自分はやり遂げることが出来たという激しい達成感と、自分に向けて手を伸ばしていた仲間たちに後を託したという想いだけがあった。

 その想いを抱きながら、記憶は終わりをつげるように……ドポンと水の中に沈むようにして意識は黒く染まっていった。

 いったい自分に何があったのか……その先を、ソラは思い出せなかった。


 そんな記憶を時折夢に見ながらも、ソラの星空家での生活は過ぎていった。

 躊躇いがちであった両親への呼びかたも、徐々にハードルは下がっていき……あの日孤児院で手を差し伸べた母親となってくれた女性が望んだように、両親と楽しく笑える生活ができるようになっていた。

 そして隣の家に引っ越してきた地球家の子どもである男二人の女一人な三兄妹とも親と挨拶に行ったときに知り合い、少しずつ遊ぶようになり親睦を深め、すくすくと成長していった。

 これからもずっとそんな日々が続くものと思っていたのだが……、中学の卒業を控えていたソラの元に父親がしょんぼりしながら、会社から急な海外異動を命じられたことを告げる。

 父親のしょんぼりしている理由は、ソラが志望していた高校からの合格通知が届いた頃だというのに逆らうことができなかった自身の不甲斐なさに対してだった。


『ああくそ、このまま会社を辞めるか……。そうしたら、海外になんて行かなくても良いだろうし……!』

『おとうさんは折角のチャンスを逃したらダメですよ。おかあさん、おとうさんについて行ってあげてください。おとうさんひとりだけじゃ、美味しいごはんもまったく作れないでしょうし……下手をしたらデリバリーばかりになってしまいます』

『そうよねぇ……』


 そんな父親の言葉を聞きながら、ソラは背中を押す。

 けれど、父親のほうが納得していないようで彼は縋るようにやさしく微笑んでいるソラを見る。


『ソラ……。ソラもいっしょに……!』

『高校生活が始まるので、わたしは海外について行くことは出来ませんよ』

『ソ、ソラァ……』

『あなた、駄々こねちゃダメよ。けど……ひとりで大丈夫なのソラ?』

『はい。ちょっと不安ですけど……、高校には合格しているのに今更入学を辞退するのも嫌なので……ダメ、ですか?』


 父親の言葉にソラは首を振り、それでもと縋ろうとする夫を妻である母親が窘めつつも心配そうに彼女を見る。

 母親の言葉にちょっと心配そうにしながらもソラは自分の意志を告げ、甘えるように目を向けた。

 そんな娘の様子に夫婦は互いに顔を見合わせ、溜息を吐く。


『はぁ……わかったよ。けどソラをひとりだけにしておけないから、地球さんの皆さんにも頼ませてもらうけどいいかな?』

『そうね。地球さんだったら、リクくんとカイくん、それにハナちゃんも居るから問題ないわよね』

『はい! それで構いません! ありがとうございます、おとうさん、おかあさん!』


 隣の家に住む一家の幼馴染である三兄妹の名前を告げられ、ソラは両親へと頭を下げて礼を言う。

 それからのことは早かった。

 あっという間に地球家へと事情が説明され、時折ソラの面倒を見てほしいというお願いを地球家は快く引き受けてくれ、ソラも頭を下げてお礼を言う。

 こうして、高校入学を間近に控えた時期に両親は海外へと旅立っていった。

 そして星空ソラは志望していた高校へと入学し、ひとり暮らしすることとなった。

 ……それと同時にすごく遅めの二次性徴が起きたらしく、高校生活一年で一気に成長したのだった。


『せ、制服がきついですぅぅぅぅぅぅぅっ!!』



――――――――――――――――――――

ちょっと書きたくなって……。

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