ダグラスの謝罪

 ダグラス・プロミネンスは、自身が貴族であることに誇りを持っていた。


「貴族たる者、誰よりも優れていなければならない。民衆の模範となり、民衆を導き、民衆を守る力を持たねばならない。それが我等に課せられた義務だ」


 父にそう教え込まれ、それを信じて生きてきた。幼い頃から勉学に励み、特に魔術の訓練には人一倍の情熱を注いだ。多少傲慢な気性は生来持ち合わせていたが、彼の場合はそれもいい方向に働いた。誇りの高さ故に、彼は誰にも負けないように鍛錬に打ち込んだ。

 しかし、いつからか……彼の歯車は狂い始めた。


「考え直してください、父上! 兄上たちは2人とも魔王戦役に従軍するというのに、どうして俺だけ留守番なんですか!?」

「ダグラス、お前はまだ魔法学校に入学すらしておらん。魔法のことも、戦闘のことも、お前はまだ何もわかっておらんのだ。そんな状態で戦場に赴いても、みすみす命を落とすだけだ」

「そんなことはない、俺だって戦える! 俺はもう、高等魔法だって使えるんですよ!? 父上は言いました、民衆を守るのが貴族の義務だと! ここで戦わないで、俺がいつ彼らを守れるんですか!」

「くどい! 今回お前を連れて行くことはない。これは当主たる私の決定だ。今後一切異論は認めん!」


 ダグラスには父の言葉が理解できなかった。魔法の腕前では、年上の兄たちにも引けをとらないと自負していた。それだけに、彼の力を認めない父の姿勢には大きな失望を覚えた。

 

「なぜだ、なぜ俺の力を認めないんだ……父上!」


 悔しさを誤魔化すように、ダグラスはますます魔法の訓練に打ち込んだ。自身の実力を父に正しく認めさせれば、兄たちと同じ戦場に赴く日が来ると信じていた。

 しかし、そんな彼の願いは遂に叶わなかった。


「魔王が…………倒された?」

「ええ、英雄様が倒して下さったそうですよ! もう戦争は終わりです。良かったですね、これでお兄様たちも帰ってきますよ!」


 歓喜に弾む召使いの声も、呆然と佇むダグラスの耳にはろくに入っていなかった。



 失意の中、ダグラスはトリコンコルディア魔法学校に入学した。この頃の彼にあるのは、一種の焦りだけだった。


「俺は優れている。それを魔法学校ここで証明する。魔王戦役だって、本当は活躍できたはずなんだ。俺は優れている、優れていなければならない……!」


 入学試験は、彼にとって絶好の機会だった。自分の力を誇示し、彼が優れていることを証明する場になる……


「くそっ、なんなんだあのクロイ・スミスとかいうやつは……!」


 入学試験で最も優れた魔法を放ったのは庶民だ。そんな噂が学校中に広まっていた。

 ダグラスにはそんな状況が我慢ならなかった。あれはただのガス爆発のはずだ。クロイが自分より優れているわけではないはずだ。ただの庶民が貴族より、ましてや自分より優れているなど……決してあってはならない。


「許さんぞクロイ。お前も、お前の仲間も……!」


 魔法で増幅された負の感情は、着実に蓄積される。

 気がつけば、彼の体はひとりでに攻撃の準備を始めていた。



 □



「ここは……」

「よかった、目を覚ましたんですねダグラス様!」


 決闘で気絶し、次に目を覚ました時、ダグラスは自宅のベッドに横たわっていた。


「ずっと気絶していたんですよ。覚えていますか? どこか具合の悪いところはありませんか?」

「ああ……いや、大丈夫だ」

「みんな心配してたんですよ。骨に異常はないし、打撲も軽傷。綺麗に意識だけ飛んでたみたいですけど、一応また診察してもらわないと……ちょっと待ってて下さい、いまお医者様を呼んできますので!」


 慌ただしく部屋を出て行く召使い。扉が閉まると、他に人のいない部屋の中は沈黙に包まれる。


「決闘……負けたのか」


 まだ上手く働かない頭で、ダグラスは決闘の様子を思い返す。

 真っ先に思い出すのは、上空から襲い来るクロイの姿。迫り来る拳の恐怖。あの一瞬、ダグラスは確実に死を意識した。そして恐怖のあまり、指一本動かすことができなかった。


「……いや、それ以前の問題か」


 ダグラスは自嘲する。そもそも自分は【石弾】程度の魔法にすらビビり、満足に対処できていなかった。死の恐怖に対峙するなど、できるはずがない。これで戦場に行くことを望んでいたなど、まったく笑ってしまう。思えば自分は、戦場で一方的に活躍する、そんな都合の良い想像だけをしていたのではないか。父の言う通りだ。自分は何もわかっていなかった。


 対して、あのクロイはどうだ。迫る【石弾】を的確に回避し、あまつさえ、必殺の炎魔法すら冷静に対処してみせた。見下し、馬鹿にしてき庶民の彼が、だ。

 ……いや、そもそも。自分が戦場に行こうとしていたのは、貴族の義務を果たすため――つまり、彼らのような庶民を守るためではなかったのか。自分は守るどころか、彼らに魔法を向けた。決闘中だけの話ではない。その前には、卑怯な不意打ちですら……。


「…………何やってんだ、俺は」


 そう呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。



 □



「すまなかった」


 次の登校日。ダグラスは真っ直ぐにクロイたちのもとへ歩み寄り、深々と頭を下げた。


「クロイ・スミスとエマ・フロースにはたらいた数々の非礼と危険行為について、深く謝罪する」

「ダ、ダグラス様!? おやめ下さい、庶民ごときにそのような真似を!」

「そ、そうですよ! そんなことをしては、周りにしめしがつきません!」


 取り巻きが口々に騒ぎ始めるが、ダグラスが頭を上げる様子はない。


「……こう言ってるけど、エマさんはどう?」

「わ、私はクロイくんが守ってくれたから良いけど……で、でももう二度と、クロイくんの悪口は言わないで下さい!」

「ちょっとエマ、やめときなって!」


 慌ててアヤがエマの袖を引こうとするが、ダグラスは頭を下げたまま答える。


「……ああ、約束しよう」

「……了解。じゃあこれで、決闘の誓約は履行完了だな。お疲れさま」


 そう言うとクロイはさっさと歩き出し、頭を下げたままのダグラスの横をすれ違って進む。少し遅れてアヤとエマも慌てて歩き出し、クロイに追いつく。


「ちょっとちょっと、切り替えが速すぎるだろ。クロイはあれだけでいいのか?」

「反省はしてるようだし、俺からこれ以上言うこともないよ。そもそもあいつに怒ってたわけではないし……」

「え?」

「いや、こっちの話。それより早く次の講義に向かおう。あの先生、遅刻厳しいしさ!」


 クロイはそう言って、口の端でちらりと微笑んだ。

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