Vampy Party Squeeze Ⅱ
Emotion Complex
序章
神社裏を形作る植樹たちが、咆哮に震えた。
ごう――と唸って身体を振られ、二人は地面を転がった。
袖篠隼は五メートルほど社屋の方へ放られ、背後にいた天城椎葉は前へと引っ張り出された。
椎葉は地面へと倒れこみ、夜気に土煙を混ぜて濁らせた。
ざりっと土を鳴らし、投げた男が彼女の前に立ちはだかる。背中から椎葉の突き刺した剣が突き立ったままだ。刺し口からは血ではなく、紅色の光が立ち上っている。それ以外に剣の存在意義は無いらしく、赤い双眸は椎葉だけを睥睨した。
切っ先が僅かに逸れ、心臓を破壊できなかったからだ――そんな常識外れの推論が、平気で隼の頭に浮かぶ。
上弦の月は雲に隠れ、人工の光さえ届かない神社裏で、瘴気を纏った輪郭がぼんやりと浮き立つ。食事にありついた歓喜の笑みに口が割れ、二本の犬歯が覗いた。
吸血鬼だという。
隼はそれを受け入れたわけではない。
骨ばった頬骨と尖った鷲鼻、後ろへ梳き流した長髪、そして、前をはだけた襟の大きいコートとストレートのズボン。粗野な風貌は、とても伯爵とは呼べない。
身体能力は恐ろしいほど高く、夜にしか現れず、心臓を破壊しなければ倒せないだけ。
ええい、吸血鬼そのものではないか――!
今更ながらに、隼は実感した。
その牙は妖怪の末裔たちの血を吸い、今よりも強くなろうと謀んでいた。
そう、初めから天狗の血を引く、天城家の一人娘――椎葉を狙っていたのだ。
椎葉が吸血鬼の意図を察したようだ。端正な顔が引き攣る。悲鳴を呑み込む代わりに、呼吸も止めたようだ。
隼は身体を起こすと、走り出した。
迷いは――一瞬であった。
吸血鬼と椎葉の間に滑り込むように、隼は割って入った。
血を吸わんと椎葉を掴もうとしているところだ。
隼は両の掌を吸血鬼の胸へ当てた。呼気と共に右足を前に、そして強く打ち鳴らすように地面を踏んだ。
足を伝わる蠕動の力が、身体を通り、両腕へ。螺旋をイメージして腕を通し、掌から放出――ごうんっと肉を打つ音を残し、吸血鬼が後方へ滑っていった。背中へ突き刺さっていた剣を残して。
吸血鬼は三メートル退がった位置で、ぐらりと傾いた。胸には剣が通り抜けた大きな穴が開き、赤い光を撒き散らしている。
隼は足元へ落ちた剣を拾い、大きく振りかぶると、全力で横へ薙ぎった。
朧な月光が、刃の軌跡を残す。
吸血鬼の首は両断された。頭は勢い良く曇天の夜空へ飛び、地面で数度バウンドしていった。残った身体の方は、まるで刻が止まったように全く動かない。
逆に背後で、一時停止していた椎葉の呼吸が再開された。貪るように空気を集めている。
隼はまだ緊張を解けずにいた。相手が伝説の吸血鬼とすると、史実の通りなら倒せるが、文献通りに戦って勝ったという人には、まだ会ったことが無い。警戒せずにはいられない。
厚い雲の隙間から月が覗く。強めの光が、白く神社の境内裏へ注がれた。
――と、突然に吸血鬼の身体が赤く光り始めた。というより、光そのものになろうとしているようだ。ちらと見ると、頭も同じく強く発光していた。
キン――というノイズが、悲鳴のように辺りへ響く。
耳を塞ぐ間もなかった。
溢れるような赤い光は、ノイズの消失と共に、唐突に消えた。
行き先は、隼の身体の中だ。
「袖篠――お前……」
弱々しい椎葉の声が耳に届く。
当初打ち合わせた時に、隼が拒否したことは――手伝うのはいいけど、とどめをさすのは任せたからな――だ。
吸血鬼を倒した者が、その能力を受け継ぐ――妙なルールだが、それが隼の拒否した理由だ。そして躊躇した理由でもある。
吸血鬼になるわけにはいかないのだ。
普通の高校生として生活したかったから。
そして、普通の人間として生きていたいから。
それなのに、椎葉を助けるために、隼は自ら破り、受け入れてしまった――。
こうして袖引き小僧という妖怪の末裔でありながら、隼は吸血鬼の血まで引き継いでしまったのだ。
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