揺らめき消え入る灯火のような出会い

江ノ橋あかり

揺らめき消え入る灯火のような出会い

第一話 由良奈ちゃん



 ──カナカナカナ。


 蝉の鳴き声が弱まりつつある夏と秋の境。


 今年で17になる私は、この時期になると毎年のように小学生の頃の『ある思い出』が頭の中に蘇るのです。


 それは私ともう一人の女の子が母の実家がある田舎町のとある施設を囲う灰色のへいに寄りかかって楽しげにお話をしていた時のことです。


 その子の名前は確か……『由良奈ゆらなちゃん』……だったと思います。


 由良奈ちゃんは不思議な子。あれから数年が経ち、あの子の顔は霞みがかって思い出せなくなりつつありますが、あの子が語ってくれた言葉を決して忘れることはないと思われます。


「私はこの施設のをしている」と。



 * * *



 母の実家は宮城県登米市にある寛木町くつろぎちょうという田園地帯が広がる田舎町にあって、時折、両親に連れられてこの町に訪れるのです。


 たしかあの日は私の妹が生まれたばかりで、赤ん坊を親族達と顔合わせするために寛木町に訪れたことは記憶にあります。


 幼少の頃の私はこの辺鄙へんぴな町に訪れるのが、正直言うとあまり好きではありませんでした。


 ──だって、仲のいい友達がいないんだもん。


「ほら、鈴音すずね。近所の子達と遊んできなさい」


 町の寄り合いに参加する両親にそう諭されて外に出払っても、その地域の小学校に通うやんちゃな子供グループのリーダー格の子があまり好きではなかったので、仲良くなんて出来っこなかったのです。


 近所の子と遊ぶより、自転車に乗ってサイクリングしながら町の風景を眺める方が好きでした。


 町の東側は緑豊かな北上山地。西側はどこまでも広がる田園地帯。そして東西を分断するかのように町の中央を貫き流れる広大な河川・北上川。


 北から南へ、西から東へ。親戚の家から自転車のペダルを漕いで進み、どの方面から景色を眺めても私の胸をときめかせてくれます。


 緩やかに吹く風を体に感じて緑に囲まれた風景や空を茜色に染めて沈みゆく夕陽を眺めるのが孤独な私の唯一の楽しみになっていました。



 * * *



 田園地帯の中にある北上川に沿って伸びる畦道あぜみちを、タイヤで砂利を踏みしめてガタガタと揺れながら自転車を漕いでいたところ、二階建てのコンクリート造の四角い建物が視界に入りました。


 川のそばにある施設なので、あれがどんな施設なのか、なんとなく察することができました。私の実家がある町にも似たような施設があるからです。


 河川の水を汲み上げて田畑に分配する農業用水を管理する施設なのだろうと思いました。


 その施設は灰色の塀で囲まれていて、遠くから見ると門前の鉄柵に錆びついた鎖が巻きつけられていて厳重に管理されているのが分かります。


 自転車に乗っていた私は、その施設のことを気にせず素通りするつもりでしたが、門前の鉄柵のところで思わず、「キーッ!」と力強く急ブレーキをかけたのです。


「わっ、とっ、とっ、とっ!」


 敷き詰められジャリが滑って私は自転車ごと倒れそうになりましたが、なんとか踏み止まることができました。


 何故、そんなヘンテコな場所で急ブレーキをかけたのかというと、大人の背丈程のある鉄柵の門の向こう側に一人の女の子がいて、ジッと私を見つめていたからです。


 髪は若干赤みがかった黒のロングヘアーで、見た目は私と同い年くらいだと思いました。


 女の子は門のそばで鉄柵越しに私を見つめ続けるので思わず私も近寄りました。


「……私のことが怖くないのか?」


 と、女の子は言いました。


「へっ?」


 私は何を言っているのだろうと首を傾げていると……。


「うがーっ!!」

 

 目の前の女の子が襲いかかるライオンのようなポーズをして、大声を上げたのです。


「……」


「……」


「……ブフッ!」


 しばらく沈黙の時間が流れた後、私はなんだか可笑しくなって吹き出して、口元に手を当てながら笑い声を押し殺すように「うっ、くっ、くっ、くっ!」と声を漏らしてしまいました。


「何が可笑しい。笑うな!」


 女の子は声を張り上げて怒ってみせますが、次第に恥ずかしくなって顔が赤くなっていくことに気付くと私はこらえきれなくなって、さらに大笑いしました。


 そう、この子が寛木町で出会った初めての友達、『由良奈ゆらなちゃん』なのです。


 由良奈ちゃんは、いついかなる時もこの施設「柳井揚水機場やないようすいきじょう」でしか会うことはありませんでした。


 ──揺らめき消え入る灯火のような出会いは、ここから始まったのです。


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