第4話 魔道具

「これで全員か。チッ、ここに居なかったか」


 意外な事に、男が俺に名前を尋ねる事は無かった。ホッとしたのも束の間で、しゃべってない方の男が言葉を発した。


「待て。何か違和感がある。ここに居るやつら全員手をあげろ」


 男はそう言うと、ちらほらと手を上げ始める人が居た。俺はどうしようか……名前言ってないし……でも、手をあげるしかないかと、恐る恐る手をあげる。


「1、2、3……18人か。さっき名前を言った人数も18人。間違いないか……」


 違和感を訴えた男は、納得のいかないような顔をしつつも現実を受け入れたようで、入り口から2人とも出て行った。


「た、助かったのか……?」


 俺はテーブルに突っ伏する。すると、おっさんがこっちを向いて話しかけてきた。


「おい、お前。いったい、何をやったんだ?」


 そう言うと、ちびりとビールを飲む。俺は話をするかどうか迷う。さっきのやり取りを見た限りでは、このおっさんが派閥の人間だとは思えない。だけど、話をしたらいったいどうなるのか分からない。第一、俺自身何が問題なのかよくわかっていないっていうのもある。


「…………」

「ああ、ここじゃ話しづらいか。じゃあ、場所を変えよう。ついてこい」


 おっさんは勝手にそう判断してグイッと残ったビールを一気飲みするとテーブルを立つ。俺も行く当てがないので、とりあえずおっさんに着いていく事にした。俺もビールを一気に喉に流してグラスをテーブルに置く。空のグラスは置いておけば勝手に片づけてくれるのだろう、俺たちがテーブルを離れても何も言われなかった。


 おっさんは店を出ることなく、逆に店の奥へと向かっていった。そこには、狭い階段があり、登っていく。そこの突き当りにいくつか小さな部屋があって、その一つに入っていく。俺もその後ろを付いて、部屋へと入る。

 

 そこには、いろんなものが乱雑に置いてあった。汚いというよりは、散らかっているって感じだ。


「そこに座れ」


 おっさんが指さしたのは、簡易なベッドだった。手作りなのか、何の飾りも無い、本当に木を組み立てただけのベッドだった。おっさんは椅子に座ると、話せと催促してくる。俺は、ぼそぼそと成り行きを話し始めた。


「……ってわけで、俺は逃げてきたんだけど……」

「逃げる理由があんのか?」

「俺には無いけど、なんか捕まったら殺されそうだし……」


 実際、さっきの2人組は、俺を見つけたら殺すつもりに思えた。だって、騒いだだけで殺すとか言ってた奴らだぞ? よくて、どっかに連れていかれて拷問されてたんじゃないか? って感じがビンビンする。


「かかかっ、何かあるなと思ってみれば、そんな話か。そりゃあ、魔道具だな」

「魔道具?」


 おっさんには何故かイフリートの石の話もしてしまったし、現物は今俺の手の上だ。おっさんは手を触れないが、じっくりと石の様子を見る。


「魔道具を知らないか? 魔法はさすがに知ってるよな? ここに連れてこられてるくらいだし」

「ああ。ちょっと風の力を使って万引きしただけなんだけど……まさか、こんなことになるなんて……」

「世界はまだ、魔法に関しては慣れていないからな。そのうち、法も整備されてくれば、軽犯罪ならここから出られる日も来るんじゃないか?」

「そうだといいけど……」


 俺は手の中の石を見つめ、少し思いにふける。


「で、魔道具の話だ。聞きたいか?」

「き、聞きたい」

「いいだろう。魔道具っていうのは、道具そのものに魔法の力を付与した物だ。魔法自体は個人個人に使える力は違うが、魔道具は魔力さえあれば誰でも同じ結果を得る事が出来る」


 そう言って、おっさんはポケットから板を出した。表面に幾何学模様みたいなものが掘ってある。


「これも魔道具だ。効果は、人一人の認識を阻害するってだけのものだ」

「じゃあ、さっき俺が居るのがバレなかったのって……」

「ああ。俺がこいつを起動させて、対象をお前にしたからだ。まあ、もしあいつらがお前の顔を知っている知り合いとかだったらごまかせないくらいの弱いものだけどな。知り合いにゃあきかねぇが、知らないやつにはそれなりに使い道があるだろ?」


 このおっさんは俺の命の恩人になるのか。


「な、名前を聞かせてもらっていいか?」

「俺か? 俺の名前は盛田だ。こう見えて、魔道具師なんて名乗ってるがな」

「魔道具師……。それじゃあ、それも自分で作ったのか?」

「ああそうだ。俺の能力は認識阻害能力だが、効果範囲数メートルだけの弱いものだ。それを道具に付与している。魔道具の作り方を知っていたのはまあ、俺の親せきに魔力の研究者が居るからだな」


 それからしばらくおっさん……盛田さんと話をした。


「それで、どうして俺を助けてくれたんだ? 盛田さんにとってメリットはないでしょう?」

「いや、俺に息子が居たら、お前くらいの年なんじゃないかと思ってな」

「息子ですか……。連絡は取れるんですか?」

「あ? ああ、いや、勘違いさせて済まない。俺は独身で結婚したこともねぇ。単に、本当にお前みたいな息子が居たらなって思っただけだ」


 想像かい! まあ、そのおかげで俺は助かったのかもしれないが……。


「さて、ここもそろそろ危なくなってくるだろう。お前にそいつをやるから、うまい事逃げ切れよ」


 盛田さんはそう言って壁に掛けてあるマントを指さす。


「これは?」

「俺が認識阻害を付与したマントだ。忍者みたいに姿を隠すってレベルじゃねぇが、一瞬見ただけじゃすぐに忘れられるくらいの認識になる。知り合いじゃない限りは、呼び止められたりする事は無いだろうよ」

「ありがとうございます。もし、何かお礼できるようなことがあれば……」

「いいよ、そんなのは。俺が勝手に手助けしてるだけだ。どうしてもっていうなら、無事逃げきれて、本島に戻れる時がきたらビールでも奢ってくれ」

「……ありがとうございます」


 そんな可能性が低い事は分かっている。だから、盛田さんなりに気にするなって言ってくれたんだろう。だけど、本当に、今度は俺が助ける場面が来れば本気で助けてあげたいと思った。俺はマントを着け、盛田さんに礼をして部屋から出た。


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