第2話ボクの証明2

 ニコマコス倫理学ではこう言われている。




 愛とは、相手の気持ちと関係なく与え続けるもの。相手からの愛は測れないが、自分が相手に対して抱く愛は確実に存在している。愛とはこういうものだと。




 ボクは知りたい。愛はなぜ、異常へと歩みを進めるのかを。愛はなんで、自分のことも相手のことも考えないのか。






「山田くんの愛って確か……セオフィリア(聖依性愛)て言ってたよね。そして、ナツキはトランスヴェスティズム(異性装性愛)でぼくはアラクネフィリア(蜘蛛性愛)。ぼく達3人、バラバラの考えなのに仲が良いってすごいことだよね。個性をなくす考えノーモフィリアを押し付けられていたら……なんて考えたくもないよ」






 ボクは周りに自分の異常性として、セオフィリアと主張していた。神格や神霊への愛だけど、神様なんていないと思っている。けど、いてほしいと思っているから、神への異常性愛を周りへ語った。


それでも、山田という色は変わらなかった。アカとアオが交ざって、アオに近い、ムラサキへと変貌はしなかった。もし神様がいるなら、自分をムラサキに変えてほしいと願うだろう。






 スルトのように異常性愛を話している、確認している人らがかなりの人数いたせいか、奥の方にいる全校集会担当の先生がプルプルと震えている。大切な報告なのに騒がしくしていたら、怒って当然だ。






「ハァ……あなた達、高校に入ってから何を学んだのですか? おしゃべりの工夫ですか? 場を乱すことでも学んだのですか? 第一ベラベラベラ……」






 説教が始まってしまった。








 説教を聞きながら考えていた。自分というノーモフィリア(普通への愛)が、そのうちバレてしまうだろうと。そしてこの日常も消えてしまうのかと。




「いっそバレてしまいたい」




 ボクの言葉は青すぎる空へ投げ出された。掴めるものもない、盲目のまま、助けもない空へ投げ出された。青すぎても気味が悪いと思った。






 説教はどのくらい続いたか分からないけど、やがてボクら開放された。開放された彼らは小言を言う。




「「あーあ。そもそもノーモフィリアなんていなきゃ良かったのに! そーしたらあの説教もなかったのに」」




 ボクはなにも言えなかった。






 学校内で半日過ごし、退屈な授業がすべて終わった。キーンコーンカーンコーン、とチャイムも鳴る。




 先生の話もそこそこにして置いて、帰る準備をする。下を向きながらバッグに物を詰めていたら、2本の脚と6本の脚が下の方から現れた。






「ゲーセン行くかァ? 今朝の話ノーモフィリアなんてパーッと忘れて遊ぼーぜ!」




「そうそう。こういうときには遊ぶに限るよ。しかも明日は土日! 遊ぶっきゃない!」




「……ごめん、今日パスで」






 考えるより先に口に出てしまった。友達への申し訳なさから、すぐに言葉で取り繕う。






「あ、まだ体調良くなくてさ。……うん」






・・・・・・・・・






 さっきの自分らしくない言動を思い返しつつ、自宅へ向かう。帰り道には赤ちゃんのフリをした大人がいた。包帯だらけの男性と笑顔の女性もいた。多種多様な人間だらけだ。






 やがて、両親のいない家へ到着した。いつもの家だけど、妙に重苦しさを纏っていた。






 玄関を開けると、見知らぬ靴があった。ボクが履かないような、小綺麗な革靴があった。


まるで導かれるように、ボクの足はごく自然に書斎へ歩みを進めた。空気は重く伸し掛かり、心臓はいつもより頑張って働いてた。不安と好奇心がボクの心にくっついた。




 スーツを着た女性がいた。おそらく一般調査委員会(異常性を排除する連中を許さない団体)だ。






「こんばんは。きみは山田──くんだよね。今朝の全校集会の話は覚えてるかな」






「……」






 ボクは返事の代わりか、つばを飲み込んだ。ゴクリと音が書斎に反響した。






「山田くんがノーモフィリアかどうかは未確定だけど、この本はイケナイものだよね。この『異常な一般性』は異常性癖への冒涜だよ?」






「いいえ。冒涜ではないです」






「じゃあこの文章はどういう意図なんだい? 『人間のまま愛することが一般的だ』なんて、とっても差別的に思えるけど」






「ただ考えたいだけなんです。……証明したいだけなんです」




 この空間には、ボクの異常な言葉が響いていた。もうノーモフィリアとバレているからか、強気のままであった。






「そうなんだ。私の妹はノーモフィリアのせいで惨く息絶えたよ。それを聞いても、そんなこと言える?」






「知りたいんです。普通はなにかを」






 ノーモフィリアのせいで、異常性愛者は差別されてきたのは言うまでもない事実。いまでも少数のノーモフィリアが声を上げ、異常者へ反逆しようとしている。


それでも、知りたかった。




 女性から電話番号の書かれた紙を渡された。




「何週間か猶予をあげるよ。だから教えて。人を殺してしまうほどの『普通』は『普通』なのか。異常は君なのか、この世界かどうかを」






・・・・・・・






 今日のことを思いつつ、泥のように眠った。友達の連絡さえ無視して、休みを眠りに費やした。






 起きてすぐに辺りを確認した。ベッドの上でなく、硬い地面の上で2日を費やしたようだ。


スーツ女性の電話番号が書かれた紙は、目立つように机の上にあった。夢ではないことに恐ろしさを覚えてしまった。






 ボクは調べたいものがあったので、学校へ行く準備もそこそこに。学校へ歩いた。


今日もあまり気分は良くない。








山田はノーモフィリア  山田はノーモフィリア  山田はノーモフィリア






 教室にはそう張り紙がされていた。




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