ラスト・ボール

ミヅハノメ

序幕  「ラスト・ボール」

 拾ってくれ、と思う。落ちるな、と願う。

 相手のラケットから流星のようなスマッシュが放たれ、力強く台の上でバウンドした。しかし相手のドライブがうまくいかなかったのか、普通のスマッシュよりも速度が遅く、上回転も弱い。台に弾かれたボールが山なりの軌道を描く。


 ――落ちるな。


 仲間が足をもつれさせながらもボールを追いかけた。互いに二セットずつ取るフルセットに及んでいる。1シングルで取られ、2Sで自分が取り返し、3ダブルスを取られた。5Sが先に終わり、最後の4Sの試合。現在15-14のデュース。こちらは王手を取られている。


 ――落ちるな、落ちるな。頼むから。


 拳が白くなるほど握り締められる。仲間も総じて似たような顔をしている。「落ちろ」と「落ちるな」以外の言葉を思い浮かべている人間など、此処には一人たりとも存在しなかった。世界はスローモーションで投影されていた。もう自分がボールを打てる訳でもないのに、ラケットを力強く握っていた。


 ――頼むから、本当にお願いだから、


 これから先のことなど考えていない。たった一球以外のことなんて考える余地もない。それ以外に何もいらない。


 ――落ちるな!!


 心がその感情で塗り潰された瞬間、ピンポン球が床に跳ねる音が聞こえた。



  紫波しわ中学校 対 鹿又かのまた中学校

       3-2


 1S   ○3-1

 2S    0-3○

 3W   ○3-0

 4S   ○3-2

 5S    1-3○



「……、はー…………」

 蝉が鳴いている。

 夏が始まったと同時、ただしりつ属する鹿又中学は――三年にとって最後の大会で、敗北を喫した。

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