密約

「もう一つ。

 お袋は自殺として片付けられたが、

 俺様はそうじゃねえと考えてる」

闇耳の体がピクリと動いた。

外で雀が啼いた。


不意に風が障子窓をカタカタと揺らした。

孤独の視線がチラリとその方へ向けられた。

孤独は湯呑の茶を一口啜ってから

ふたたび口を開いた。

「首吊りってことは、

 それはつまり絞殺ってことだ。

 そんな殺しをする人間は

 この家に一人しかいねえだろ?」

「ま、さ、か・・」

闇耳の声が僅かに震えていた。

孤独は闇耳へ視線を戻すとゆっくりと頷いた。


「親父だよ。

 結局、親父はお袋が許せなかったんだよ。

 恐らく神隠しに遭ったとされている

 幻夜の姉貴も

 親父が殺ったに決まってる。

 八苦の叔父の世話を

 鼻の利く俺様に押し付けたのだって

 俺様がお袋の死を疑ってることに勘付いた

 親父の嫌がらせに違いねえんだ。

 よくよく考えてみりゃ、

 小せぇ男だぜ」

そう吐き捨てると孤独は納豆汁を啜った。


柔らかな陽光が

僅かに開いた障子窓の隙間から

茶の間に射し込んでいた。


「八苦の叔父が

 親父を恨んでいるのは事実だろうが、

 現実としてあの体で親父を殺せるか

 と言われたら不可能だ。

 飯でさえ四つ足の獣と同じ、

 皿に直接口をつけて食べることしかできねえ。

 当然、糞尿は垂れ流しだ」

そこまで話して孤独が顔をしかめた。

「とにかくだ!

 この際、

 誰が親父を殺したのかはどうでもいい。

 いいか、闇耳。

 八苦の叔父の例でわかっただろ?

 夜霧の掟に従うとしても

 必ずしも皆の命を奪う必要はねえってことだ。

 親父が死んだ今、

 陰陽を始末して、

 俺様と一二三の姉貴が夫婦になったら、

 お前は本宅の部屋で

 これまで通り生活することを許してやる。

 だからお前は俺様に協力しろ。

 お前にとっても悪くねえ話だろ?」


闇耳がこくりと頷いた。


「俺様は今から二郎の亡骸を処分してくるから

 お前は一先ず親父の亡骸を

 座敷牢にでも捨ててこい」

孤独はそう命じると

慌ただしく茶碗の飯を掻き込んだ。

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