第13話 月夜 <鶏鳴 丑の刻>
美しくも悲しげな笛の音が
妖しく響いていた。
雲が流れ月が顔を出した。
夜霧の屋敷全体が
月明かりに優しく包まれた。
灯りの消えた乾の宅では
二人の女が囲炉裏を挟んで座っていた。
褐色の肌に今様色の着物を着た狐狸。
そしてもう一人は
白い肌に胡粉色の着物を着た一二三。
二人はお互いの目をじっと見つめたまま
動かなかった。
開いた障子窓から射し込む月明かりが
行灯の代わりに部屋の中を
ぼんやりと照らしていた。
「こんな夜更けに呼び出して
どうしたのです?」
先に口を開いたのは一二三だった。
「惚けちゃって。
二三姉ぇもわかってて、
ここへ来たんでしょ?」
狐狸は口元を手で隠して
態とらしく「おほほ」と笑った。
「・・狐狸、
何をそんなに焦っているのですか?」
溜息を吐いた一二三が
開いた障子窓へと目を向けた。
「予見が死んだ今、
のんびりしてる暇はないでしょ?
時が経てばどう考えても
アタシの方が不利になるもの。
男が見目が良くて従順な女を好むことは
古今東西言われ続けてきた
不変の真実でしょ?」
狐狸の言葉に一二三がふたたびゆっくりと
視線を戻した。
そして頬に手を当てて首を傾げた。
「二三姉ぇって本当に腹黒いわね。
そういうところが大っ嫌い!」
狐狸が敵意を剥き出しにして
一二三を睨み付けた。
「私は狐狸のことを
可愛い妹だと思っていますよ」
一二三が涼しい顔で
狐狸の視線を受け流した。
「ふん!
予見だって
可愛い妹だったんじゃないの?」
「当然です」
すかさず一二三は目頭をそっと押さえた。
「・・一番恐ろしいのは
二三姉ぇのような人間ね。
女の偽り言を
男は見抜けないって聞くけど、
二三姉ぇが相手ならそれも納得だわ」
狐狸は立ち上がると障子窓へ近づいた。
そして開いた障子窓へ手を掛けると
静かに閉めた。
月明かりが遮られ
部屋に漂う闇が僅かに濃くなった。
それから。
狐狸はゆっくりと振り向いた。
いつの間にかその左手には
茜色の鞘に収まった太刀が握られていた。
「アタシの剣術の腕前は
二三姉ぇもよく知ってるはずよね?」
その時。
どこかで蚊母鳥が啼いた。
一二三が「ふふっ」と鼻で笑った。
「この刀が
二三姉ぇの血を吸いたいと啼いてるわ」
そう言って狐狸は右手で太刀を抜いた。
暗闇に朱く光った刀身が浮かび上がった。
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