日昳 未の刻
密約
しばらく前から屋敷に流れていた笛の音が
今は止んでいた。
夕餉の前のこの時刻。
子の宅から煙が上がっていたが、
これは珍しいことではなかった。
孤独が毒を調合しているか、
新しい料理を試作しているかのどちらかだ。
今は後者のようで、
醤油の香ばしい香りが風に乗って
辺りに漂っていた。
その香りに誘われて
子の宅の戸を叩く大男の姿があった。
「桜に幕」
の刺繍がなされた芥子色の着物を着た二郎だった。
すぐに戸が開いて中から孤独が顔を出した。
「兄ちゃん、約束通り来たど。
腹一杯食わせてくれよ!」
二郎が右手の人差し指を咥えたまま孤独に訴えた。
「ひっひっひ。
味がわからねえのに
食い意地だけは張ってやがる。
お前のような奴を馬鹿の大食いって言うんだ。
覚えとけ」
「うん、わかったど」
二郎は大きく頷いて満面の笑みを浮かべた。
孤独は二郎を中に招き入れると、
外を警戒しながらゆっくりと戸を閉めた。
どこかで「ピーヒョロロ」と鳶が啼いていた。
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